9月21日(火) 午後3時30分 権田泰三
(そろそろ部活行こか)
授業が終わると、体育教官はそれぞれの指導する部活に向かう。
ワシも担当している水泳部に顔を出すため、教官室を出た。
(おうおう、これからセックスか?)
プールに向かって渡り廊下を歩いていると一組のカップルとすれ違う。
(……ん?)
「おっ」
思わず振り返って声を出してしまった。
二人も振り返って目が合った。
「先生?」
高樹が不思議そうにワシに聞く。
「高樹、行こう」
「えっ?島津?ちょっと…」
島津が高樹の腕をとって背を向けると歩き出した。
◇◇◇
9月21日(火) 午後9時20分 権田泰三
夜。ワシは今日も日課の盗撮映像を一人チェックしていた。
女子更衣室に仕掛けたカメラの映像には今日水泳の授業のあった三年生のはしゃぐ姿が映っている。
(それにしても、最近のガキは体ばっかり育ちおって…)
うちの学園の女子の水着は、よく言うスクール水着ではなく、競泳水着だ。
青に黒のストライプが入っていて、体のラインがはっきりと出る上にハイレグのカットのせいで楽しさも二倍だ。
(しっかし、高樹の水着姿なぁ?そういや、見たことないか)
高樹はいつもなんやかやと理由をつけて休むため、間近で見た記憶もほとんどない事に気がつく。
プールサイドの見学者の中にいつもいる高樹を思い出そうとしたが、頭に浮かぶのは電車内で胸を鷲掴みされていた豊かな乳房。
薄いカッターに押し付けられたピンクのブラジャーは模様まで透けて、さらに第二ボタンまで外れた胸元からは、男の手に揉まれる度に、少し汗ばんだ白い谷間がチラチラと見えた。
思い出すと股間が熱くたぎってくる。
(なんとかしてあの体を…ん?そや、ワシはアホか?色々あるやないかっ)
ワシは思わず興奮して笑ってしまった。
(明日から楽しみやな、ククク)
◆◆◆
9月22日(水) 午前10時30分 権田泰三
「いっち、に、さんっ、しっ」
プールサイドでは水着姿の少女達がワシの声に従って準備運動を始めていた。
体を捩る度、水着に包まれた胸の形が歪み、発育のいい生徒は腋から胸の肉が見える。
「最後は屈伸や」
そう言って生徒達の後ろにまわった。
そうすることで、ピチピチしたハイレグの尻が上下に動く様を見ることができるのだ。
(そうや、高樹は…)
ワシは尻から目を離すと、自然を装おって獲物を探す。見学者の中で高樹も準備運動をしていた。
(体操服で気づかんかったが、まさかあんなにエエ体しとるとはな)
体操服は白のTシャツにジャージ、今は夏だからさすがにジャージの上は着ていないが、ゆったりしたTシャツのせいで体のラインは隠れる。
だが、ワシは高樹が授業を休んだことで、逆にワクワクしていた。
(今日の放課後が楽しみやで、ヒヒヒ)
◆◆◆
9月22日(水) 午後4時30分 高樹美紗
『ピーンポーン』
放課後、チャイムが放送された。
『あー、体育科の権田や』関西弁の声が続けて校内に響く。
「げっ、権田よっ」
「いやあっ、きもいぃぃ」
各所から悲鳴にも似た声が響いて、校内が騒然とする。
『んっ、ゴホン、今から名前を呼ぶ者はすぐに体育教官室に来ること』
校内が静まる。女子生徒が固唾を飲んで続いて呼ばれる名前を待った。
『二年五組』
「やったあああぁぁぁっ」
「ええっ、そんなあぁぁ」
悲喜こもごもの声が飛び交う。
「由依は大丈夫、大丈夫だからっ」
「でも…でも、私、今日の授業見学したし…」
二年五組の女子はまさか自分ではないだろうか、と泣き出すものまでいる始末だ。
『あー、ええか?』
「「「ゴクリ」」」
『高樹美紗、高樹美紗、今から体育教官室に来るように、エエな?』
「「「はあああ」」」
呼ばれた名前が自分でなかった安堵の大きな溜め息が校内のいたるところで起こった。
(あれ?島津?)
アタシも柔道部で放送を聞いた。アタシが来たときはまだ島津は来ていないようだった。
「あらら、可哀想。権田って…高樹さん大丈夫かな?」
沙希の声に喜色が混ざったような気がしたのがちょっと気になったけど。
(しまった…ちょっと水泳を休み過ぎたからかな…後で聞いてみよ)
アタシは心配しながらも練習を始めた。
◇◇
9月22日(水) 午後4時40分 島津政信
溜め息を殺して、俺は権田の前に立っていた。沙紀に言われた事が頭にこびりついたまま、気持ちも落ち込んでいた。
「高樹、なんでお前が呼ばれたか分かってるんか?」
(そうだ、今は呼び出されてたんだった)
教官の席について、座った権田の顔を見る。好色な目が俺の体を舐めるように上から下まで行き来する。
『ゾワゾワ』っと鳥肌がたった。
(ああ…だから女子からの人気がないんだな)
「えっと…今日の授業、でしょうか?」
俺には思い当たることがそれくらいしかなかった。
「お前、馬鹿にしとんのか?」
権田の声がドスの効いた低い声になった。
「いや、あの、そうじゃなくて…」
慌てて言い繕おうとするものの、何の事か分からないため何とも言いようがない。
「はあ、ええか?」
これ見よがしに溜め息をついて権田は授業の日誌を開く。
「水泳の授業が始まってから、夏休みを挟んで七回授業があったんやけどな、お前、一回も出てへんやないか。せめて今日の授業出てたら首の皮一枚繋がったんやけどな」
「えっ?」
「何が『えっ?』や。自分が一番分かってるやろ?このままやと留年するから呼んだんや」
(留年?…高樹、そんなに休んでたのかよ)
「えっと、これからの授業全部出たら…」
そう俺が言い終わる前に権田が遮った。
「もう、それでも足りんのや」
「じゃあ…」
(マジで留年かよ)
自分の事ではないにも関わらずさすがに青くなる。しかも、今日休んだのは俺だ。
「だが、ワシも鬼やない。救済措置を考えたったで」
狼狽える俺を安心させようとでも思ったのか、権田が汚い歯を見せてニタッと笑った。
だけど、普段なら気持ち悪いだけの笑顔だろうが今は救ってくれる神様に見える。
「えっ?本当ですか?あっ、ありがとうございます」
俺は頭を下げる。
「もちろん、ただっちゅうわけにはいかんけどな」
「もちろんです。課題でも何でもしますんで、お願いします」
それを聞いた権田がまたニタアと笑う。その笑いの意味を理解したのはずっと後だったが。
「これから毎日放課後に補習するで」
「えっ、毎日…ですか…?」
(今週は柔道部が…)
俺の逡巡を見てとったか、権田が断れないようさらに押してくる。
「そや。それで留年がチャラになるんやからありがたいやろ?」
(ここで断ったら高樹が留年…仕方ないか…)
「分かりました。お願いします」
「よっしゃ、そしたら行こか」
権田が立ち上がった。
(へ?)
「何ぼぉっとしてんねん、今日から始めるで」
「あっ、でも…水着が…」
「大丈夫や、どうせそんなことやろうと思って準備しといたったからな」
そう言う権田の濁った目の奥が光った。
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