(沙紀の怒りはうまく誤魔化せたみたいね)
そう思いつつ、自然な態度で教室を見渡すと島津に亜紀が両手を合わせているのが見えた。
(そう…今度は亜紀のクソ彼氏だったわね)
島津が亜紀の勢いに狼狽えてこっちを見た。
(もうっ、毎度のことだけど、そんな風にすると、いろいろ問題があるのよっ)
案の定、亜紀の意識がこっちを向いているのを感じる。目を閉じていてもしっかりこういうところは見ているんだから女は侮れない。さらに廊下から感じる尖った視線。どうやら沙紀の疑いはまだ消えていないようだ。
アタシは静かに携帯電話を取り出してメッセージを送った。
『葛城からのバイトは無しで』
バイブ音に気づいてあたふたと島津が鞄をあさっている。それを見ながらさらにメッセージを続ける。
(理由は…そうね…)
『…たく』
アタシは『琢磨と別れるために』と書きかけてそれを急いで消して、代わりに『柔道部に入ったわけだし。主将を応援したいんだろ?』と送った。
島津はチラチラとこちらを振り返りながら亜紀にすまなさそうに返事をしている。亜紀の残念そうな、それでいて生暖かい視線と廊下からの不穏な視線がアタシと島津に向けられていた。
(ちょっと島津は危なっかしいわね)
だけど、これでうまくいくはずだ。
(ここまではうまくいってるはず。今回は無理矢理でも成功させなければいけないんだ)
◇◇◇
「よおっ、体調は大丈夫か?」
アタシは昼休みに隣の席の生徒に話しかけられた。
「ああ、少し休んだら良くなったよ」
弁当を頬張って返事をする。
「知ってるか?なんか権田のやつが昼休みに青い顔して走り回ってたらしいぜ」
「へえ?」
「なんか体育教官室に誰が入ってきたか聞いて回ってたらしい」
(ふん、いい気味)
便所に行ってくる、と隣の生徒が立ち上がったのを機にアタシはこれから先を考える。
(問題はここからよ)
そう、ここから人間関係がビシビシとくるんだ。それをうまく乗りきっていく必要がある。まずは既に敵認定された理沙を仲間に引き込むのが最優先だ。
◇◇◇
「せやっ」「やあっ」
ドンッ、ドンッ、畳に叩きつける音が道場内に響く。
「お疲れ様」
沙紀が甲斐甲斐しくタオルを渡してくれる。
「ああ、ありがとう」
アタシはそう言いつつ横目で島津を探す。
「高樹さんなら主将のところよ」
沙紀が目敏くアタシに報告してきた。
「ああ、うまく馴染めたみたいで良かったな」
「ね、気配りもできるし、柔道についても私なんかよりよっぽど知ってるし…」
アタシは思わずギョッとして沙紀を見た。
だが、今の沙紀には前の周回の時のような棘はない。
「そうだな…」
(うまくいっている)
そう、うまくいっているのだ。なのに、島津が主将と談笑する姿に心がざわめいた。
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