全ての始まり(⑱禁描写無し) 9月19日(日)~9月20日(月)

全ての始まり(⑱禁描写無し) 9月19日(日) 午後11時

真っ暗な家の前にたたずむ高樹美紗。

今日も一人、鍵を開けて家に入る。「ただいま」と言わなくなってからどれくらい経っただろう。

高樹家はこの地域でも有数の高級住宅街の中でも広い敷地の豪華な一戸建てだが、両親は不仲になって長い。

世間体を気にして離婚はしないが、お互いに愛人の家で暮らしているため、家の中は美紗が小学生のころからこんな感じだ。

(毎日つまんないなぁ。はぁ…)

今日は大学生の彼氏と一緒にいたが、体を求めてくるばっかりでいい加減飽きた。

(今日はもう寝よ。)

◇◇◇◇◇◇

9月20日(月) 午前8時20分 高樹美紗

「おはよーっ」

教室に入ると何人かのクラスメートが声をかけてきた。美紗は適当に返事をして自分の席に着いた。

それぞれが友達同士でたわいもない話で盛り上がっているいつもの教室。

美紗はクラスの喧騒とは別に陰鬱な気分で席に着いた。

「アンタが月曜の朝から来るなんて珍しいね、何かあったわけ?」

美紗に気安く声をかけてきたのは唯一の親友の亜紀だった。

「別に。あぁ、そういえば琢磨と別れようと思う」

「またっ?まだ付き合って2週間じゃないっ」

「3週間」

「もう、2週間でも3週間でも一緒よ。ねえ、あんたもそろそろとっかえひっかえ止めて一人の男と付き合いなさいよ」

亜紀にはもう1年以上付き合っている彼氏がいる。

「はいはい。」

そうこうしているうちに担任の先生が来てホームルームが始まった。

◇◇◇◇◇◇

9月20日(月) 午後12時40分 高樹美紗

(はぁ、やっと午前の授業が終わった)

「今日はミーティングを兼ねて部室で弁当を食べる」と言って亜紀が教室を出ていく。

亜紀はバスケ部の新しい部長になったばかり。忙しそうだ。

(もう帰ろっかな…)

だけど、とりあえず一人屋上に向かった。

屋上は教室から離れすぎているせいか人も少ない(というか自分以外の人を見たこともない)、静かでお気に入りの場所だ。

階段を登る。

その時黒い影がアタシの視界の端を横切った。

(あれ…?何か動いた?)

あまり気にしたこともなかったが、階段の踊り場に全身鏡があった。

(なんだ、鏡か)

「こんなのあったかな?」

まじまじと見つめる。

(アタシの体が映っているだけ…よね………えっ?)

アタシの後ろに女の子が映っている。

恐る恐る振り返るが誰もいない。

サァっと血の気が引いた。鳥肌が立ち、全身が総毛立つ。

再び鏡を見た時、その女の子はアタシの横に立っていた。

黒髪はまっすぐ腰まで伸びて、和服を着ている。歳は小学生くらいか…

「…あああ…」

恐怖に声が出なくなる。

『怖がるでない』

頭の中に声が響く。

「いっ、いやぁっ」

アタシはその声に腰が抜けて座り込む。目に涙が溜まる。

『だから怖がるなと、取って食うわけでもないんじゃから』

「やだ、なにっ…やめてっ」

『やめるも何も、何もしておらぬのに…、まったく面倒くさいのぉ』

鏡を見れば座り込むアタシの横で少女が不満そうに腕組をしている。

それを見て少し落ち着いてきた。

「あ、あなた誰?」

『おっ、落ち着いたか?儂はこの土地の神じゃ』

「神?幽霊じゃないの?」

『畏れおおいことをいう小娘じゃなあ』

ポリポリと頬を掻きながら自称神様の小学生が苦笑いをした。

「それで神様が何の用なの?アタシ、ちょっと急いでるんで…」

逃げ出そうとアタシが言い訳するのを見た自称神様が意地悪そうに笑った。

『おや、帰るのか?せっかく願いを叶えてやろうかと思ったのに残念じゃの…』

「え?」

『でも急いどるんじゃろ』

早く帰れと言わんばかりにしっしっと神様がアタシにあっちへ行けと手を振った。

「大丈夫っ、用事は今終わったからっ」

『まったく、人間というのは…』

ブツブツ何かを言っているが、アタシはそれどころではない。

「ねえ、神様っ」

『分かった分かった。あのな、儂は主がここに来るのをちょくちょく見とったんじゃが、今の人生に不満があるようじゃの?』

「…うん」

『そこでじゃ、最近色々あって儂も力が復活したんで、ちょっと遊びたくなったんじゃ』

「ん?遊ぶ?願いを叶えてくれるんじゃないの?」

『まあまあ、最後まで聞くのじゃ。お主は今の人生が嫌で、新しい人生が欲しい。儂は遊びたい。そこでじゃ、これからお主に新しい人生をやろう』

「やったーっ」

『お主には不安はないのか?』

「あっ、そっか。で、どんな人生なの?」

『普通はまずその質問からじゃろ?そうじゃなあ、お主はどんな人生がお望みかの?』

「えっとね、家族が毎日家にいて、一緒にご飯を食べたり、お話をしたりするとか」

『なるほどの。では、その人生をやろう。ちょうどお主の近くに良いのがおる』

「ほんとに?」

『うむ。じゃが、遊びに付き合ってもらうぞ。』

「遊びって?」

『これからお主とお主の望む人生を持った人間を入れ替える』

「うん、えっ?」

『7日間でそやつを惚れさせよ』

「へ?ええっと…?」

アタシはあまりに早すぎて話についていけない。

『考えてもみるがよい、お主のせいで人生が捻じ曲がるのじゃぞ。それ相応の報いでもないと、そ奴が気の毒じゃろ。』

「うーん、そうかもしれないけど…。」

(要は入れ替わったアタシを惚れさせればアタシは新しい人生を手に入れられるってわけね。えっとあとは7日間って?)

『7日間経ってお主に惚れなければもう一度やり直しじゃ。お主が諦めたら遊びは終わりじゃ。すべてが元に戻る』

「口に出して話さなくても分かるんじゃん」

『そりゃそうじゃ。神様じゃぞ』

そこまで聞いてアタシの中でふと疑問がわいた。

「ねえ、その遊びで神様は何か良いことあるの?」

『むっ…ま、あれじゃ。…えっと…暇つぶしみたいな…』

何か急に歯切れが悪くなったわね。

「まあいいわ。どう考えてもアタシに有利なゲームだし」

『うむ。その意気じゃ。それでじゃな、一応ゲームじゃからちょこっと弄らせてもらうぞ』

「ちょこっと?」

「うむ。ちょこっとな」

「それって難易度上がるんじゃないの?それは嫌よ」

「大丈夫じゃ。なにせ、お主は諦めさえしなければゲームに終わりは無いのじゃからな」

「それもそうね。じゃあ始めましょ」

『あい、分かった。それではスタートじゃな』

その言葉とともにアタシはフッと意識を失った。