気になる存在

翌日、俺は午前中から昔馴染みの店に来ていた。

「アラン、噂になってるぜ」

昔馴染みの店の主は俺が子供の頃からの付き合いだ。サリオン先生に叱られて孤児院を飛び出した時もハーフエルフの俺に残り物の食べ物をくれた気のいい親爺だ。

「ああ…」

「お前、あんな可愛い娘とどこで知り合ったんだ?」

(そりゃそうだよな…)

アオイの容貌が目立たないはずもなく、しかも探す相手を連れて人探しをしているんだからこれが噂にならないはずもない。

(さて、どうするか…)

俺としてはラルフとかいう狼の石化を解いてやってもいい。だが…。

(金、使いきっちまったんだよなあ…)

「はあぁぁぁ」

(アオイには何て言えばいいんだ?金を使い込んだあげく、騙していたなんて言ったら軽蔑されるよなあ)

頭を抱えてテーブルを見つめる。

「何をため息ついてるの?」

「いや、それがだな…って、うわあっ」

顔を上げると俺の前にアオイの顔があった。

「いっ、いやっ。あれっ?今何時だ?」

焦って壁にかかった時計を見ようとしたら、目の端にニヤニヤ笑いながら出ていく店の主が映った。

(親爺…気づいてやがったな)

「もうお昼だよ」

アオイは俺の正面の席に腰かける。

「エリスがなかなか離してくれなくて今日はちょっと遅れたんだけど…で、何してるの?」

「いや、なに、そう、ちょっと考え事をだな」

脂汗を手のひらで拭った。

「何か悩み事でもあるの?良かったら聞くけど?」

「あー、いや…」

(どうしようか…今言っちまうか…)

悩んだ結果、アオイに謝るのは先伸ばしに決めた。

俺の抱えた問題はアオイの件だけではない。そうだ、世界樹の件が解決したら正直にアオイに謝ろう。一番の問題である世界樹の件もまだ何も進んでいないのだ、と自分に言い訳をしつつ…。

(だけど、脅迫状の件、今日が期限なんだよな。覚悟は決まったんだがなあ)

数日前にかっこよく静かに覚悟を決めたはずなのに、その後色々あって、いや、それを言い訳に俺は先伸ばし、先伸ばしにしてきた。

(なんなんだろうな…俺は…)

そう思って目の前のアオイを見る。

これまでずっと一人で悩んでいたが、誰かに聞いてもらうのは悪い話ではないかもしれない。さらにアオイは相談するにはもってこいだ。この街の人間ではないから、忌憚ない意見が聞ける。

(それに意外に鋭いところがあるからな)

店の主は食材の調達にでも行ったのか、戻ってこない。他の人には聞かせたくない話だ。話すなら今がチャンスだ。

「あー、あのな、例えばの話なんだが、一人の男がいて…」

そう話始めたものの、例えばもクソもない。一人の男なんて俺の事に決まっている。

「ふーん、例えば、ね」

もちろんアオイもそれが分かっている。なんだか馬鹿馬鹿しくなった。

「ちょっと長くなるぞ」

それから俺はバズの事を除いて正直にアオイに説明した。

「ふーん。どうやって世界樹を枯らすの?」

これはなかなか鋭い質問だ。

「ああ、荒地エルフは毒物に詳しいんだ」

バズのことは言えないのでなんとかごまかす。実際、荒地エルフは森の声を聞く力は失ったが、この不毛な大地で毒物や薬に詳しくなった。

「僕が話を聞いて感じたことだけど、アズの話は二つくらい気に入らないところがあるなあ」

アオイは腕組みをして椅子にもたれる。

「何でも言ってくれ」

「まず、アズが自分の手を汚さずに人質をとる奴の言いなりになるところ」

「ああ…」

それは俺も同意見だ。さんざん悩んできたことだったが、アオイもやはりそう思うのか。

「次に仲間に言わずに一人でやろうとしてるところ」

こちらは痛いところを突かれた。

「いや、だが、これは俺の個人的な…」

実は半月のメンバーに孤児院出身者はそれほど多くない。俺とディジー、ゲイル、その他に数人だ。だから孤児院の子供が人質にされても多くの団員には関係がない。

だが、アオイの考えは違うようだ。

「例えばさ、アズの仲間が同じように一人で動いたらアズはどう思う?仲間を傷つけたくない、仲間には迷惑をかけたくない、そう言われたらどう思う?」

あっ、と声を出しそうになった。

(俺なら自分が信頼されていないと感じるかもしれないな…)

俺の表情を見たアオイが続けた。

「仮に個人的な要件でも、仲間なら助けたいと思うよね」

(そうか…確かにそうだ…)

「ただ、人質をとられている以上約束を反故にするわけにもいかないから…そうだっ、こういうのはどうかな?誰かが世界樹を枯らせたい。で、それをアズにやらせるとして、その誰かは必ず現場の近くにいると思うんだ。だから…」

説明を聞いてなるほど、と俺は頷いた。

「だけど、この作戦を実行するには一番大事な事が抜けてる」

アオイは申し訳なさそうに言ったが、俺の頭の中には一つの方法が形を成していた。

「いや…いける、これなら一泡吹かせられるっ。アオイっ、ありがとう。話して良かった」

俺が身を乗り出してアオイの手をとった時。

『カランカラーン』

店の主が帰ってきた。

「ん?取り込み中だったか?」

「へ?」

俺は固まったままアオイの顔を見て、自分が何をしているか気がついた。慌ててアオイの手をはなす。

「いっ、いやいやいや、なっ、何を言ってるんだよ。そっ、そんなんじゃないしっ」

なぜか顔が熱くなる。

(おかしいぞっ。急にどうしたんだ?)

目の前のアオイはそんな俺を見て笑っていた。

「ふふっ、水でも飲んで落ち着いたら?」

アオイはしどろもどろになった俺とは対照的に落ち着いたものだ。これだけ美人だと言い寄られることも多いのだろうか?

そんなことを考えていると自然と目がアオイを追ってしまう。

「おじさんっ、水とコップを下さい」

アオイは俺の視線に気づいているのかいないのか、カウンターに手をついて体をくの字に曲げる。尻を突きだすものだからスカート越しにパンティの線が…。

「はっ」

(ダメだ、ダメだ。何を考えているんだ)

自分を叱咤して目を逸らしているとアオイがコップに水を入れてくれた。

「はい。どうぞ」

「あっ、ああ…うわっ」

コップを受け取ろうとしたらアオイの指が俺の手に触れて、動揺した俺はコップを落としてしまった。

「ああっ、悪いっ」

「もうっ、しょうがないなあ」

アオイがテーブルを拭いてくれる。

(あっ…ダメだっ)

前屈みになったアオイの胸元がワンピースの襟から見えた。黒いワンピースだから下着も透けないように黒なんだが、ブラジャーのサイズが合っていないのかカップから今にも白い乳房が零れ落ちそうだ。

(目を逸らさないと…)

そうは思うものの、アオイが拭き終わるまでしっかりと見続けてしまった。

「よいしょっ…っと。これで大丈夫だね。…はいっ、今度はしっかり持ってよね」

「あ、ああ…」

俺は頭を冷やそうと、アオイの渡してくる水をグイッと一気に飲んだ。

◇◇◇

「みんな、集まってくれてありがとう」

アジトに戻った俺は仲間を集めた。さすがに緊張が隠しきれず仲間たちも何かを感じ取っているようだ。

「今いないのは?」

「ああ、ディジーとゲイルが換金のために街に出ているが、他は全員揃っているぞ」

俺の質問にラムジーが返事をした。ラムジーは壮年のハーフエルフで孤児院出身ではないが、俺の考えに同調して半月の立ち上げから協力してくれている。

若い頃はハーフエルフに対する理不尽な差別を嫌ってイシュクを飛び出し、東の国のハンターとしても活躍していた武闘派だったが、今は若いメンバーの多い半月をまとめてくれる頼れる兄貴分だ。

「ディジーとゲイルだけなら後で話しておこう。さて、みんな聞いてほしい話があるんだ」

俺はみんなにこれまでの経緯を説明した。

「なるほどな。だが、ここで作戦の内容まで話さない方が良いんじゃないか?内通者がいるのはほぼ間違いなさそうだ」

話を聞き終えた後、ラムジーの発した言葉は内通者、いわば裏切り者の存在を皆に明確に意識させた。場によそよそしい空気が流れる。メンバー達は俯いたり余所見したりして、それぞれが目を合わせない。

「いや、だからこそだ。俺は、俺達の絆はその程度では揺るがない」

ハッとみんなが顔を上げた。

「俺は内通せざるを得なかった団員も孤児院の子供たちも守る。必ずだっ」

「ハハハハハハハ、よく言った。それでこそアランだよ」

ラムジーが豪快に笑った。他のメンバーの目にも最早さきほどまでの疑心暗鬼の色はない。

「決行は今夜だ。日が落ちたら出発する。ラムジーは参加者を決めてくれ」

俺はそこまで言ってコップの水を飲んだ。

「ああ、任せておけ。ところでアラン」

「ん?」

「そのアオイってのはそんなにいい女なのか?」

ブハッと口に入れた水を吐き出した。

「ゴホッ、ゴホッ、なっ、ななっ、何をいきなりっ?」

「いや、お前の話を聞いていると、いたく気に入っているように感じたもんでな」

ニヤッと笑うラムジー。メンバー達も先程までの様子は何だったのか、興味津々で俺を見る。

「なっ、何をみんな見てるんだっ、話は終わりっ、さあっ、解散っ、解散っ」

先程までの緊張感は何だったのか。生暖かい空気に俺は一番乗りに部屋を飛び出した。

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