ロゴスでの日常

僕とラルフがロゴスに来てから2ヶ月。
ついこの間までケルネでのんびり暮らしていた生活が何年も前の出来ごとのように感じる。

「帰ってきたー!なんだか久しぶりの我が家って感じだよね!まずはお風呂でしょ!それにご飯は銀狼亭だよね!」

最初の一週間くらいは日帰りできる依頼ばかりだった僕らも最近はさすがに数日単位での狩りが増えてきた。
ラルフに乗れば速いんだけど、ラルフが銀狼だっていうのはもちろん内緒。言い訳するのも面倒なので、馬車を借りて行くことにしている。

そういうわけで北の山の麓まで行ってきた僕らにとって今日は1週間ぶりのギルドだ。

この一ヶ月の間に僕も都会での生活に徐々に慣れてきた。
それと、慣れてきたと言えば女の子の体にも。今ではスカートにも抵抗がなくなりつつあった。

(なんだか大事なものを失ってる気もしないでもないけど…)

ちなみに僕だって言われるがままに従ってるわけじゃないよ!マギーさんに内緒で、こっそり古着屋で買った男ものの服を着てみたんだ。
ところが、誰も気づかないと思ったのに、ギルドに入るなりバレて、その時ギルドにいた人達(男女問わず)にすごい非難を浴びせられる結果となってしまった。(もちろんこれはすぐにマギーさんの知るところとなりなぜかお説教とスカートを履くことを約束させられてしまったのだった。トホホ)

そんなこんなで短いプリーツスカートにニーソックス、半袖のブラウスの上に防寒用のだぼっとしたパーカーを着た僕はギルドの中ではやっぱり目立ってしまうみたいだ。相変わらず周囲からの視線がすごい。

よく見れば後衛職の人達もわりと軽装なんだけどなぁ。

「街に入るとちょっと暑いね」

手をヒラヒラさせて顔を扇ぎながら歩いていると早速周りから声が掛けられた。

「アオイちゃん!今日も可愛いぜ!」「おいおい、俺の嫁に粉かけんなよ!」

一週間ぶりのせいもあってご機嫌な僕はそんな声にもニッコリ笑って手を振ってあげる。

「くっそー!なんだよあの天使は!」「俺を殺す気か!?」「もうだめだ!ペロペロする!!」

誰かが壁に飛んでいったのが見えたけど、気にしないことにした。最初の頃のような無言で遠巻きってのはなくなって嬉しい。
とまあ、こんな感じでヤジだか応援だか分からない声はいつも通り。少し変わったのは女性のハンター達の黄色い声も混ざり始めたこと。

「今日も凛凛しい…」「ホント、ハンターの男って汚いし乱暴だし、それに比べて…」「あっ、こっち向いたわ!私のこと見たわよ!」「何言ってんのよ!アタシと目があったんだから!」

このようにラルフが歩くと女性の黄色い声が聞こえるようになった。
ちなみにラルフはそんな声には全く反応しない。

「ああ!あのクールさが恨めしい!」「実直な騎士様そのものよね!」「ラルフ様に愛を語られたら…うっ、鼻血が…」

なんだかちょっと時間が空いたからか、出発前より女の子の反応がすごい気がする。

「葵様、ラルフ様、おかえりなさい。怪我などはありませんか?」

そんなことを考えていると、いつの間にか並んでいた列が進んでいて僕らの番になっていた。
受付に立っていたケイトさんが僕らに声をかけてくれる。

「はい、問題なしです!」

「良かったです。支部長も代理もそれはそれは心配していましたから喜ぶと思いますよ」

僕の横で討伐部位の証明書を出すラルフ。
ちなみに討伐部位とはその魔物に特有の部位であり、これを持ち帰ることで依頼達成の証となる。
ギルドの裏に専用の建物があり、ハンター達は帰ってくるとまずはそこに討伐部位や素材を持ち込む。そして鑑定の結果、認められると証明書が発行されるシステムになっている。

このように持ち込む場所を分けているのは、ギルドにはそういうのに慣れたハンターだけでなく依頼にくる一般の人もいるからだ。
彼らの目の前にいきなりゴブリンの耳とかを出したら気を失ってもおかしくないだろう。

ところで、僕らの受ける依頼は基本的に討伐依頼、それも素材としての価値のないものばかりだ。なぜかと言えば僕とラルフは二人しかおらず、運ぶのに手が足りないからだ。

実はパーティには必ずポーターと呼ばれる荷物持ちが1人いる。
このポーターと呼ばれる役割なんだけど子供にもできそうな単なる荷物運びと侮るなかれ。

そもそも素材の買い取り金額はその状態によって何倍にも変わってくる。
せっかく命懸けで倒した魔物なのに帰ってみると二束三文ということだってありうるのだ。

というわけで、狩りをする際には専門のポーターが必要となるのだけど、素材の管理や剥ぎ取りの技術や知識を身につけた腕のいいポーターの数は少ない。
必然的に腕のいいポーターは引っ張りだこになっていて、それこそハンターよりも優先度が高い場合すらあるのだ。

僕らもポーターを雇おうか、という話を一度ケイトさんにしてみたことがある。だけど、募集をかけたら大騒動になる、下手したら死人が…などと大袈裟なことを言って、結局その話自体がなくなってしまった。

そんなこんなで僕らはケイトさんから渡される依頼書の通りに狩りを続けていた。

「少々お待ちください」

そう言ってケイトさんが依頼の貼られた掲示板とは別の依頼達成済みの掲示板に僕らの依頼書を貼りつけた。

「げっ!ワイバーンが討伐されたのか!?」

鼻の下を伸ばしてケイトさんを見ていた冒険者の一人がそれを見て目を丸くした。

「ワイバーンって、もう何ヵ月も討伐できなかったあれか!?」「まさか!?」「誰がやったんだ?」

依頼書には達成パーティの名前が書き込まれている。

「さすがだな…アオイちゃん…」「可愛いだけじゃねえな!」「ペロペロしたい!」「ラルフ様…素敵!」「抱かれたい!」

後半に変なのも混ざっているけど、最初などは毎日お祭騒ぎだった。それと比べたらこれでもかなり減った方だ。

「葵様、ラルフ様、ありがとうございました。これで塩漬けになりかけていた危険度Bランクの依頼が全て終わりました。今月の残りの日はゆっくりお休みください」

◆◆◆

と、いうわけで僕らは数日間休みとなった。

「魔石とは魔力を含んだ石のことなんですよ」

ここはギルド内のカフェ。
ウィリアムさんと向かい合って座った僕は魔法の講義を受けていた。

きっかけは、ギルド証や家の風呂やキッチンに使われている『魔石』。
便利な道具だけど、ケルネでは使われていなかったので、僕にはさっぱり分からなかった。

せっかくの休みだから誰かに聞いてみようとギルドに来てみたら、そこにいたウィリアムさんが親切に教えてくれることになったのだ。

「そもそも、葵さんは『魔法』とは何かご存知ですか?」

「えっと…いえ…すみません、知りません」

(ケルネには魔法を使う人もいなかったもんなぁ)

「『魔法』とは、この世の物理法則を超えた力の総称なのです。だから、魔術、精霊術、召喚術、陰陽術、その他全ての物理攻撃以外が広い意味では『魔法』と呼ばれています。つまり『魔法使い』というのは総称に過ぎないのです」

「ふむふむ…」

(じゃあサムライの使う特殊な力も『魔法』に分類されたりするのかな?)

「ですので、実際のところ、魔法使いの中には魔力のないものもいます。僕には使えないので聞いた話になりますが、精霊の力を借りる精霊術や、幻獣を呼び出す召喚術などは精神力を使うそうです」

「へぇー」

(ウィリアムさんって博識だなぁ)

「それに魔物も魔法を使うものがいます。それは主に固有魔法と言ってそれぞれに特有の能力です」

(ふぅん…そういえばワイバーンも風の力を使ってきてたなぁ。あれは固有魔法なのかな)

確かにワイバーンとの闘いはなかなか難しかった。
ワイバーンは羽の力だけでなく風を上手く操って飛ぶので、スピードも自由自在に変えることが出来るのだった。空を飛んでいる亜竜が降りてくるのに合わせて斬ろうとするんだけど、相手のスピードがなんの前触れもなく速くなったり遅くなったりするもんだからタイミングをとるのに苦労した。
村正から戦闘中にアドバイスをもらわなかったら難しかったかも。

「さらに知的な魔物の中には魔術を使用するものもいるそうです」

「知的な魔物?」

「ええ、例えば魔族などは体内にある魔力が大きく、人間よりもはるかに強い魔術が使えるとか…」

(魔族かぁ。会ったことはないけど強いのかなぁ?)

「おっと、話がそれてしまいましたね。魔石というのは魔力を秘めた石なのです。魔力はその人の生まれ持ったものですので人によって差があります。ですが、魔石を利用することで魔力のない人でも魔術が使えるという訳です」

「じゃあ、魔石を持っていれば誰でも魔法使いになれるってことですか?」

「ええ、そうですよ。ただし、魔力があるだけでは何も起こりません。そこで僕ら魔術師は、術式というものを利用します」

「術式?」

「ええ、魔法陣と言った方が分かりやすいかもしれません。例えば…」

ウィリアムさんが指輪を外して見せてくれた。

「ここです…文字が刻まれているでしょう?これが術式と呼ばれていて、大昔から研究されてきた定形文なんです。通常はこれを魔力で描きます」

そう言ってウィリアムさんが指を横に動かす。

「?」

「魔力が見える人にはこれで文字が書かれているのが見えるんですよ。この指輪にはこの文字を目に見える形で刻んであるんです。そうすることで魔術が使えない人も魔石分の魔術が使えるというわけです」

(なるほどなぁ)

「魔石がなぜ出来上がるのかは解明されていませんが、一説には空気中にある魔力が長い年月をかけて石に宿るのだと言われています。さらに、100年ほど前に偉大な魔術師ガリアーニが魔力を外部から込めることのできる石を発見し、高価ではありますが今はそれを利用した武器なども作られています」

「ウィリアムさん、ありがとうございます。とても分かりやすかったです」

「いえいえ、お役に立てて良かったです。それでは」

そう言って立ち上がったウィリアムさんに早くも別の人が話しかけていた。

ウィリアムさんに人気がある理由がわかった気がした。

◆◆◆

それからまた別の日にはアンナさんに誘われて、家に遊びに行くことになった。

「ねえ、アオイっ!こっちも持ってぇっ!」

マギーさんも行くというので、まずはお店で待ち合わせたんだけど。

「えっと…マギーさん?これは…一体…」

マギーさんは大量の衣類をカバンに詰め込んでいた。

「秋、冬物なのよ、アンナの家は…ってアオイは知らないもんね。きっと行ったらびっくりするわよぉ」

馬車を呼んで、荷物を乗せる。

「あはは、これじゃ、人が乗ってるのか、服が乗ってるのか分からないわね」

マギーさんは笑ってるけど、本当に座るところがないくらいだった。

外を眺めると、ロゴスの街の景色が見える。

(ケルネとは全然違うんだなぁ…城壁に囲まれて、地面は土じゃなくて石畳だし。家も煉瓦や石造りの家ばかりだもんね。人が多くて店も多いから面白いけど…)

「あのぉ、アンナさんの家ってもしかして西地区なんですか?」

外を見ていてふと気になったことを質問する。確か西地区は庶民の住む街だったはずで、ガラの悪い場所もあるとか聞いていた。

「そうなのよ、Aランクなのに珍しいでしょぉ…あっ、もうすぐ着くわよ」

西地区の中でもさらに北の方に馬車が向かう。

そして…

「ふぇぇ」

僕は驚きすぎて声が出なかった。

「えっと…これって…」

マギーさんが僕の驚く姿に満足そうに笑った。

「ねっ、驚いたでしょぉ?」

アンナさんの家は、そもそも家と言っていいのか、まるで学校のような大きさだった。ギルドと比べてもこちらの方が大きいかもしれない。

「ここにアンナさんは一人で住んでいるんですか?」

「あはは、そんなわけないじゃない。アンナのクランは女の子ばっかりなのよ。でも、ただでさえ危険と隣り合わせのハンターでしょ。ましてや女性だしぃ。だからアンナはクランのメンバーに住むところや食事を安く提供してあげているのよ」

そう言っている間に玄関前で馬車が止まる。

(三階建てかな?)

そう思いながら見上げる。木で作られた温かみのある古い建物は本当に学校のようで、アンナさんの優しい心を表しているようだった。

「さっ、アオイちゃん、荷物を出すの手伝ってぇ!」

そう言われて手伝っていると、玄関が開いて、たくさんの女の子が飛び出してきた。

「マーガレットさんっ、待ってたよ!」「アオイさん、この間はカッコよかったぁ!」

黄色い声に囲まれて頭がクラクラする。
結局家に入ってもずっと話に花を咲かせていた。

「ここは?」

講堂?って思うくらい大きな部屋。10人くらいは並んで座れそうな長いテーブルが3脚置かれている。

「ここは食堂なの。だけど、今だけマーガレットさんのお店になるのよ」

マギーさんがてきぱきと並べていくのを眺めながら隣にいた女の子と話をする。

どうやら、マギーさんもアンナさんの考えに同調して季節ごとに安く服や装備をこの家のハンターに売っているらしい。

「安くっていっても、ちゃんと利益は出しているのよ。製造元から大量に購入して安く仕入れたり、古着も混ざってるしぃ」

いつの間にか僕の隣にマギーさんがいた。

「でも、こんなに安く買わせてもらえるのって嬉しいですっ!」

さっそく並べられた服に目をキラキラさせて走っていった。

その時、入口からアンナさんの声がした。

「アオイ、来てくれたのか。すまないな、遅れてしまった。マギーも、毎度助かる。ありがとう」

女性ハンター達が口々に挨拶をする。

「どうだ?びっくりしただろう?」

「はい、すごい人数ですね」

「せっかくギルドが家をただで貸してくれるって言うから利用しないとな。一人前のハンターになるための講義や訓練もしているんだ」

「本当に学校みたいですね」

「ああ、この子らを育てるのは私の趣味みたいなもんだからな」

(アンナさんって偉いなぁ)

その後、みんなと一緒に食事をして僕は家に帰った。

◆◆◆◆◆

葵とラルフがロゴスに来て数ヵ月後のこと。

「本当にいいの?」

僕はラルフにもう先程から何度聞いたかわからない質問をする。

「葵、くどいぞ。早く切ってくれ」

「分かった、いくよっ!」

『サク』

鋏がラルフの長い銀髪を切り取った。

きっかけはラルフが髪を切りたいと言い出したことだった。

「髪が長いと面倒だ」

それだけの理由で綺麗な銀髪を切れという。

(邪魔ってこともないと思うけど…)

一応マギーさんに聞いていたコツや方法を思い出しながらゆっくり切っていった。

「ど…どうかな?」

鏡をラルフに向ける。一応耳を少し隠すくらいの長さにして、サラサラの前髪を真ん中で二つに分けてみた。

「ああ、いいな。葵は髪を切るのも上手だ」

「え?そうかな?えへへ」

そう言って照れていたら玄関の外からベルが鳴らされた。

「こんにちは~、ラルフ様の服を持ってきたわよ~」

「あっ、マギーさん」

玄関を開けてマギーさんが入ってきた。

散髪したラルフの姿を見て固まる。

「あれ?ラルフ様の綺麗な銀髪が…ああ…前みたいな貴族様のような長髪も良かったけど、今度はお姫様を守る騎士様のような…」

(え?マギーさん?)

マギーさんが一人の世界に閉じこもってしまった。ラルフが固まるマギーさんの手から服を取って部屋に運んでいった。

「ああっ…あれ?ラルフ様は?」

ようやく自分の世界から帰ってきたマギーさんがラルフが既にいなくなっていることに気がついて、僕の手を取る。

「葵っ!素晴らしいわっ!私の技術を教えた甲斐があったわねっ!!これは捗るわぁ!」

呆気にとられた僕の手をブンブンと振ってキラキラした目でマギーさんは何故かお礼を言って帰っていった。