「ねぇ、本当に大丈夫?」
僕は小声でジルに訊く。
「ああ、問題ない」
いや、僕が聞いたのはジルについてじゃない。太陽が出ているとはいえ、本人が出来ると言うからには絶対大丈夫だろう。
「以前開発した魔術の実験もできてちょうどいい」
ジルの実験という言葉には色々と気になることもあるので「絶対女の子に恥をかかせないように」と僕は何度も何度も念を押した。
「これで私たちが勝ったら、うちのパーティに入ってもらうからねっ!」
ジェシカがそう宣言する。
マリーの方は、というとその後ろに隠れるようにしてジルを見つめていた。
「さあ、ジルさんとジェシカ、マリーはルールの確認をしてから下に降りてもらいます。葵は離れてください」
アーバインさんに言われて僕も少し離れる。心配そうに見ていた僕にジルがウインクをした。
(だから、心配なのは女の子の方だから!)
だけど、何を勘違いしたのか、集まったハンター達からは大きなざわめきが起こった。
「おい!ありゃ、アオイちゃんの何なんだ!?」「アオイちゃんの紹介でギルドに入る新入りって聞いたぞ!」「まっ、まさか…アオイちゃんの彼氏ってことは…」「そ…そんな…」「嘘だ!嘘だと言ってくれえ!」
なんか勘違いしたの絶望の声が聞こえてくる。
マリーとジェシカ、ジルはギルドの受付嬢とともに下に降りていった。
「せーの!」
城壁の上に看板が立った。
『年末最後の運試し!最高の新年を迎えようぜ!!』
「なにあれ?」
アーバインさんが額に手をやった。
「くっ、あの筋肉ダルマが!」
アーバインさんが看板に向かって走っていくとレオンさんが走り去るのが見えた。
「どうやら支部長が賭けをしようとしているみたいですね。そして、支部長代理に早速バレましたか」
ウィリアムさんが入れ替わるように僕の隣に立って教えてくれた。
せっかくなのでオッズを見ると、断然ジルの方が高い。
「ジェシカとマリーは連名でクランを立ち上げていますからね。いずれはAランクになるうちのホープですから実力は折り紙つきなのですが…このオッズは先程のウィンクが効いているんじゃないか、と」
(?)
「葵!こんなとこにいたのか!」
今度はアンナさんがホットドッグを持ってきてくれた。
見れば、城壁の上には僕らハンター以外にも街の人が上ってきていて場所取りを始めていて、屋台のおじさん達は商魂逞しく食べ物や飲み物を売り歩いている。
城壁の下にもますます人が増えて、ついには城壁の外に観客が出始めた。
「あれっていいんですか?」
両隣のアンナさんとウィリアムさんに聞くとアンナさんが答えてくれた。
「ああ、ほら、駆け出しのハンター達が警備係に駆り出されてる。彼らにとっても危険のない実入りのいい仕事になるだろうからいいんじゃないか?」
看板の方を見ると、いつの間にかレオンさんが戻ってきて大声で宣伝しているし。
「…………これって……いつ始まるの?」
◆◆◆
「……どちらかが参ったというか、明らかな勝負が付いたら終了です」
アーバインさんが審判として魔道具の拡声器でルールの説明を行った。
「よしっ!それではここで葵嬢に激励の言葉をもらおう!さあ!葵!こちらへ!」
レオンさんが城壁の上に作られた即席の壇上から僕を呼ぶ。
(うげっ!)
「さあっ!」
(い、い~や~だ~!)
なぜか観客の「あ~お~い!あ~お~い!」という謎のコールで仕方なしに壇上に上がる。
「お姫様、マントをお渡しください!!」
観客もさすがにこの小芝居にはクスクス笑う。
(だいたいさ、いつの間に持ってきたんだよ!?)
仕方なしに僕はマントを脱いでレオンさんに手渡した。
「!!!!」
観客が息を飲む。
実は、始まる直前になって突如現れたレオンさんに連れ去られた僕は、仮設のテントの中でケイトさんや受付嬢達によって着替えさせられたのだけど…その服というのが。
(なんでヴァンパイアの姫君ドレス(レオン命名)なんだよぉ~!)
「姫様らしいことをほれ、一発言ってやれ!」
拡声器を離してレオンさんがそんな無茶ぶりする。
「あ、あの…」
しーん。みんなが僕の言葉を待っている。
(うわあ、どうしよぉ!?)
そこにケイトさんを発見。めちゃくちゃこっちに向かって手を振っていた。そして、その隣には受付嬢が一列に並んでる。
「うっ、えっと…」
ケイトさんが持っていたボードを上げる。そこには『これを読め!手を広げて大きな声で!』と書いてあった。そして隣の受付嬢がサッとボードを上げる。
「ジル・ヴラド!」
僕は手を広げて書いてある通りに読んだ。
その声は胸につけられた拡声器の効果で辺りに響き渡る。
『私の騎士よ!』「私の騎士よ!」
次々に上がる紙を僕は読んでいった。
「必ずやこの戦いに勝利し、その勝利を私に捧げるのです!!!」
『ジルに向かって手を伸ばす』
僕はそれに従って広げた両腕をジルに向けた。
(はっ、恥ずかしい!)
周りを見るとみんなの視線が城壁の外にいるジルに集まっている。
(うえぇっ?何してんのぉ?)
ジルがなぜか膝をついて僕に向かって頭を下げていた。
「姫のお心のままに。必ずや勝利を捧げましょう!」
拡声器でジルの声も響き渡った。
ケイトさんがこっちこっちと合図する。
(あー、もういいや)
そこに書かれていた通りに祈るように両手を握って、書いてある言葉をそのまま読んだ。
「必ず生きて、私の元に戻って来てくださいね」
(っていうか、何この小芝居…意味わかんないし…そもそもなんでジルまで拡声器つけてんのさ)
ところがなぜだかこれが大当たり。
観客の女性からはうっとりとした溜め息。そして男達からも「ここまで言わせて負けるなんてこたぁ許さねえ!」とジルに声援が飛ぶ。
(さっきまで『色男をボコボコにしろ~』とか言ってたじゃん!)
ケイトさん達はみんなでハイタッチとかしてるし。
マリーさんもなぜだか両手を握って感動の面持ち。
唯一、死んだ目でこっちを見てるジェシカさんだけが良心だった。
で、この茶番が落ち着いたところでようやくメインイベントが始まる。なんか始まる前にどっと疲れて、僕は肘おきに体をもたれてぐったりなっていた。(ちなみに僕はまだ壇上のすごく豪華な椅子に座らされている)
「では、始めっ!」
「これくらいはかわしてよねっ!」
そう言ったジェシカさんの目の前に大きな火の玉が生まれた。「おおー」と観客からは声が上がる。
「あれがジェシカの得意魔術だよ」
「魔法陣を描かずに頭の中で組み立てていますが、これは計算を筆算せずに暗算で行うようなものですから、普通の魔術師なら簡単な魔術以外はできません」
再び僕の左右に立ったウィリアムさんとアンナさん(二人ともなぜか騎士の甲冑を着てる)が解説してくれる。
火の玉がジルに向かって飛んだ。大きさのわりにかなりのスピードだ。
(ああっ、当たるっ)
声が出そうになったそのとき、ジルまであと1メートルくらいのところで火の玉が何かにぶつかったように弾けた。
轟音とともにその場で炎の柱が立ち昇る。
「ほう…あれはジルさんが出した魔術障壁ですね、こちらもノーアクションとは凄い」
驚いているのは僕だけではないようで、周りからため息にも似た安堵のため息が漏れる。
当のジェシカさんも目を丸くして火柱が消えるのを見ていた。マリーさんに至っては、炎の弾が当たると思ったのか顔を両手で覆っていた。
「な、なかなかやるじゃないっ、じゃあこれならどうかしらっ!」
さらにジェシカさんが5つ、6つと火の玉を打つもののジルには当たらない。火柱がジルを囲むように立ち上った。
「くっ、これならはどう?」
ジェシカさんが手のひらをジルに向けると炎の龍が現れた。
「おおっ!かっこいい!」
「あれもジェシカの得意魔術だな。以前一緒に仕事をしたときに魔物数十体を一発で焼き払ってくれた」
アンナさんも認める魔術だけど、それすらジルの魔術障壁は受け止めた。
それにしても当たらない割にはジェシカさんは気にした様子もなく撃ちまくる。火柱が立つたびに風が起こってジェシカさんの真っ赤な髪が揺れた。
観客は派手な魔術に大喜びだ。
「ジェシカさんはどうして当たらないのに撃つのかな?」
僕の質問にウィリアムさんが、見ていれば分かりますよ、と答えた。
と、ジェシカさんの火の玉が止まる。
(魔力が切れたのかな?そういえばマリーさんは…?)
「あれ?マリーさんがいない」
「葵、ほら、上を見てみろ」
アンナさんに言われて上を見上げたら、マリーさんがいつの間にか空中の、それもジルの真上に浮いていた。
(そっか、ジェシカさんの魔術は目隠しだったんだ)
「あれがマリーの風の魔術だ」
そして、真上からジルに向かって杖を向けると、杖の先から氷の礫が現れてジルに向かって襲いかかった。
「そして今度は氷の魔術です。2属性をここまで操れるのはなかなか珍しいんですよ」
ジルはやはり微動だにしない。氷の礫はジルの頭の上1メートルくらいのところで何かにぶつかるようにして砕けた。
「ほう…ジルさんの障壁は球のようになっていますね。これは魔力の消費が大きい分難しい。ほら、死角から来ていた炎の矢も障壁で止められました」
ウィリアムさんも興味のある魔術戦だからか、普段よりもテンションが高い。
「さて…そろそろジルさんの出方が気になりますね」
(あれ?ジェシカさんの様子がなんだか変だ…)
一瞬だけ目に力をいれて視力をあげると、ジェシカさんの足首に蔦が絡まっているのが見えた。
どうやらそれを気にしているようだ。
「蔦?」
「…全然見えないな…うーん、葵は目がいいんだな」
アンナさんは目を凝らして一生懸命見つめる。
と、その時、ジルの前の地面が膨らんだ、と思ったらジェシカさんの足元にあったのと同じ蔓が何本も一気に伸びて、空中のマリーさんの足首に絡みついた。
蔓にはきれいな花がところどころ咲いていて、風が良い匂いを運んでくる。
「ジルというのは洒落た魔術を使うのだな」
アンナさんの言う通り、一見するとお洒落な感じだけど、僕には何を目的に作っていた魔術か分かってしまった気がする。
(お願いだから2人に恥ずかしい思いをさせないでよ)
僕は思わず両手を合わせて祈る。
ジェシカさんの方はいつの間にか蔦が服の上から絡みついて身動きとれなくなっていた。
「まさか…生命を操っているのか?」
ウィリアムさんが呟く。
「葵さん、彼は何者なんですか?あれはガリアーニの日記にしか残っていない魔術ですよっ!」
(ガリアーニってたしか偉大な魔術師っていう人だよね)
「きゃっ」
蔦に絡みつかれながら空中で耐えていたマリーさんがふらついた。そして落ちてきた先にはジルがいて、しっかりと受け止める。
「勝者、ジル・ヴラドっ」
割れんばかりの拍手が両者に送られる。帰ってくる3人。だけど、ジルの腕に抱かれたマリーさんだけでなくジェシカさんの顔も紅潮しているように見えた。
城壁の下まで来て、ジルがマリーさんを降ろす。
「ジル様…♥️」
熱い眼差しを送るマリーさん。
「この…変態っ♥️今度は負けないんだからっ!」
抱っこされたマリーさんを羨ましそうに見ていたジェシカさんにジルが微笑みかけると、ジェシカさんはパッと顔を背ける。だけど、耳まで真っ赤になっていた。
(あぁ、やっぱり…)
僕は知っている。最初に絡みついた蔦がスカートの中に入っていたのを。
その後、ジルは無事ハンターに登録されたんだけど。
「ねえ、あの蔦だけどさ…」
僕がこっそり訊くと、「触手を作る過程で出来たのだが、どうも、習性がオークよりなのだ」と笑顔で返された。
(うわぁ…訊かなきゃよかった…)
僕は唯一の良心、ジェシカさんに心の中で何度も頭を下げたのだった。
ところで、この出来事の後、マギーさんのお店にあったメイド服が完売したそうな。
(うふふふ、アオイの着た服は必ず売れるわね…まさかメイド服が売れるなんて思わなかったわ。次は何を着させようかしら)
深夜、店の中で算盤をはじく悪い顔のマーガレットがいたとかいなかったとか。
そして僕の家には翌日から多数のメイド服が送られてきた。
「えっと…送り主は…へっ?アンナさんっ?こっちは…アーバインさん……?」
◆◆◆
また、ジルが一緒に住むようになって、変わったことがいくつかある。
そのうちの一つが、暖炉だ。
これまでの薪の暖炉をジルがいつの間にか勝手に魔改造してしまったのだ。
おかげで、いちいち灰を捨てたり、薪をくべたりしなくてよくなったけど、家の中にいるのが楽すぎてなかなか出れなくなってしまった。
もう一つは、意外なことにジルは料理が得意ということが判明した。
「料理は素材の組み合わせで旨くも不味くもなる。そこが私の探究心をくすぐるのだ」そうである。
だから、家にいても美味しい食事が食べれるようになった。
あと、ジルについて言うと、かなりの女たらしだ。お店に行けば必ずと言っていいほど女の子と話をしている。
そして相手の女の子も満更でもなさそうだ。本人は「女性を楽しませるのはマナーだ」と嘯いているけど。
◆◆◆◆◆
「あんたら、本当にすごい子だったんだねっ!」
ラルフとジルを連れて銀狼亭でご飯を食べようと入ったらおばちゃんに早速声をかけられた。
「へ?」
「Aランク入りしたって?」
「おばちゃん、なんで知ってるの?」
「とっくに街の噂になってるよ。この街始まって以来のBランクルーキーが1年も経たずにAランクになったって。それに新しいハンサムな男の子を連れてきたって?あら、この子ね?確かに綺麗な顔をしてるじゃない!」
「うん、ジルって言うんだ。ねぇ、そんなことより今日のランチって何ー?」
「はぁ、あんたは地位とお金を持っても何も変わらないねぇ。まぁ、そこが良いとこだけど…」
おばちゃんがオーダーを通しに奥へと入っていった。
はむはむとご飯を食べていると、遠くで大きな声がする。
「ん?何かな?」
『バタンッ』
大きな音がしてドアが開いた。
「大変だっ、王女様が来るってよぉ!!」
◆◆◆
王女様が来る。その噂でロゴスの街が持ちきりになった。
もうすぐ年が変わる、その新年のお祝いに来られるそうだ。
年末の街はソワソワしていてなんとなくフワフワした不思議な感じだ。
「あっ!そういえば!」
ラルフとジルと別れて僕はマギーさんの店に向かった。
『カランカラーン』
「いらっしゃーい…ってアオイじゃないっ!遅いわよお…って、あれ?今日はラルフ様もジル様もいないのぉ?」
マギーさんはなぜかラルフとジルを『様』付けで呼ぶ。派手な試験をしたせいか、ほんの数日でジルも有名になってしまった。
「いっつも、あんないい男をはべらせてぇ…全く羨ましいわっ!」
「いやいやいや、はべらしてるわけじゃないよっ」
「なーにを言ってるのよぉっ、もともとラルフ様はハンター人気ランキングの男性部門1位だったのに、早速ジル様が2位になったのよっ!まぁ、女性部門はアオイがトップを独走だけど…」
「へ?」
(僕が女性部門のトップ?まさか…ね)
「もうっ、二人を連れてきてくれなかった分、今日は買ってもらうわよっ!」
そう言ってこの冬の一押しを売りつけてきた。
「ねぇ、マギーさん?この下着変じゃない?」
渡されたショーツを広げてみた僕はびっくりして思わずマギーさんに突っ返した。
「こういうもんなのよ。これも試供品であげるから着てみてよ」
「でも、お尻が丸見えだよ」
無理矢理持たされたショーツを広げるとお尻の部分の布が狭いなんてもんじゃない。紐だ。
「そういうものなの。例えば…そうねえ、こういうズボンを履くと、下着の線が出ちゃうでしょ?そういう時にこれなら線が出ないわけよ」
ドヤ顔で説明するマギーさん。
「じゃあ、ズボンを…」
「ダメよっ、こっちのニーソックスを履いてもらうんだから」
「だって…寒いし…」
「ファッションっていうのは我慢が大切なのよっ」
「えー」
そんなこと言いながらああでもない、こうでもないと僕が着せ替え人形にされていると、『カランカラーン』とお客さんの入ってくる音がした。
「ちょっと、お客さんが来ちゃったから、良さそうなの送るわね。代金は後でいいからっ!はいっ、じゃあもうお帰り!」
そう言うとマギーさんは「いらっしゃいませー」と半音高い声で接客に向かった。
仕方ないから僕は最後に着させられていた服装のまま店の出口に向かう。
一瞬振り返った時にお客さんと目があったような気がしたけど、そのまま店を後にした。
「お客様~?どうかしましたかぁ?」
「えっ、あっ、いえ、なんでもありませんの」
「では、この冬の人気商品を紹介しますね……」
僕が店を出て少し歩いたところでお姉さんに声をかけられた。
「あなたっ、この辺で金髪のあなたくらいの年の女の子を見なかった?」
「うーん、いやぁ、あっ、ひょっとして…」
「見たのねっ?」
「ちょっ、焦らないでよ。えっと、さっきあのハンターギルドの近くの服屋さんで見た人がそうかも…」
「あなたたちっ」
そう言うと周りの兵隊さんが集まってくる。
「あっちで見たそうよっ、急いでっ」
兵隊さんたちと一緒にお姉さんは走っていった。
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