翌日、早朝から、それぞれリュックを背負ったり、ボストンバッグを持った学生が寮の自室の前に整列した。
「はい、2階の皆さん、階段を下りて順番に馬車に乗ってください」
教師や寮長の掛け声で男子、女子がそれぞれ馬車に乗って、順番に出発していく。
(おぉっ、壮観だなぁ)
僕は寮の窓からそれを見ていた。
前日遅くまで近衛兵団と王女の間で警備について揉めていたようだけど、結局王女がゴリ押しで話を通したらしい。
そして早朝から大々的に移動が開始された。
そして、しばらくして全員が出発したのを確認してから僕は学院長室に入った。
僕以外にはジル、モニカさん、エルザがいる。エルザは学院長として、王女としての責任から最後まで残ると言い張ったためここにいる。ラルフは作戦上先に馬車に乗って合宿地に向かった。
「学院長室に集合って…ここに隠し部屋があるの?」
エルザが不安そうに僕を見た。
「うん、ちょっと見てて」
僕は本棚の本を動かす。
(えっと、これと…これと…よし)
そして、本棚を押した。
『ゴゴゴゴゴ』
本棚が奥に押し込まれて、階段が現れた。
「こんな仕掛けがあったのね…」
エルザが口に手を当てて驚いている。
(そりゃ、自分の目と鼻の先にこんな仕掛けがあったら驚くよなぁ)
「ジルさん、本当に大丈夫ですか?」
モニカさんがジルに尋ねる。
「大丈夫だ、間違いなくここにはいない」
まず僕が階段を降りると見覚えのある大きな広間があった。そしてその一番奥には玉座が。エヴァどころか、誰もいないがらんとした空間。
「うん…誰もいないね。ねぇ、大丈夫だよぉっ」
それからモニカさん、王女、ジルが降りてくる。モニカさんの後ろから王女が興味深そうに顔を出してモニカさんに窘められていた。
しばらく僕とジルで誰もいないか確認して回る。
「うん、やっぱり誰も隠れてはいないよ」
モニカさんは王女を守るように周りに目を配りながらジルに尋ねた。
「しかし、これはどういうことでしょう?そもそもいなかった可能性もあるのでは?」
「いや、この部屋に漂う濃い魔力の残骸から考えればおそらく昨夜遅くか今朝まではいたはずだ。学生に紛れてここから脱出したと考えるのが妥当だろう」
ジルがラルフに渡したのと同じイヤリングをいくつか持って魔力を集めている。
「ってことは予定通りってことね。さ、戻りましょう」
王女の言葉で全員学院長室に戻る。
「それでは、私たちも出発しましょう」
僕らも馬車に乗ると皆の後を追った。
◇◇◇◇
『ガタガタ…』
馬車が揺れる中、サラは隣に座ったブリジットに立て板に水のように喋り続けていた。
「それでね、ジョシュったら…」
「ええ、ふふふ…」
ここ数ヶ月、ブリジットの様子はどこかおかしかった。そして、学院長が捕まり、その後アリスとともに数日の間、部屋から出てこなかった。
何があったのかはわからない。だけど、何となく聞いてはいけない気がしてサラはそのことには触れなかった。
それが、昨日久しぶりに会ったブリジットは昔の柔らかい物腰と明るい笑顔を取り戻していた。それにどこか大人びた気もする。
(アリスが何かしてくれたのかな?)
アリスに感謝しつつ、サラはそれまでの鬱憤を晴らすように喋り続けていた。
◆◆◆◆
「えっ?僕だけ王都に向かうの?」
馬車の中で僕は驚いてジルに確認した。
「ああ、ロレンツォから昨夜連絡が来た。どうやら何か面倒なことが起こっているらしい」
「はぁ、せっかく三人揃ったのに…」
「王宮からの名指しと聞いたが…。葵、何か心当たりはないか?」
「心当たりねぇ?う~ん…」
「あ、あのぉ」
その時、隣からエルザが申し訳なさそうに手を挙げた。
「私のせいかも…この間、お兄様に会って葵の話をしちゃったから…」
(お兄様?えっと…何王子だっけ?)
「そんなことで名指しで呼ぶかな?」
僕の当然の疑問だったけど、モニカさんがエルザに同意した。
「あの人は興味を持ったらそれくらい簡単にするでしょうね。頭はいい方なんですけど、変わったお方ですから」
「まあ、そういうわけでお前は王都に一番近い場所で降りるんだ。私達もエヴァを殺ったらそちらに合流する」
◆◆◆◆
合宿地について部屋に荷物を置くと早速午後が自由時間になった。学生は思い思いに過ごしている。
体操着姿のサラとジョシュも湖畔をランニングしていたが、少し休憩しようと湖の岩場に座って話していた。
「ねえ、ジョシュ、綺麗なところね。なんで今までここ使われてこなかったんだろうね?」
「ああ、なんかさ、昔、魔物が出て何人か殺されたんだって」
「えっ?まさか…冗談だよね?」
サラの顔がひきつった。
「いや、俺の友達のさ、ニコルっているじゃん、あいつの年の離れた兄貴の代だから本当なんじゃ…って、サラ、何してんだよ」
いつの間にかサラがジョシュにくっついていた。
「だって…ジョシュが脅かすから…」
怯えた顔でくっついてくる普段見せないサラの可愛い反応にジョシュが調子に乗った。
「水面を見るとその殺された学生の顔が浮かぶっ、うわっ、サラっ、ちょっと」
言い終わる前にサラがジョシュを押し退けて岩から立ち上がると、湖の見えない岩陰に隠れた。ジョシュはバランスを崩して湖に落ちそうになった。
「ごめん、ごめん、最後のは冗談って…泣いてるのか?ああ、どうしよう…あのさ、ホント、ごめんっ」
サラは震えた体でジョシュの服を引っ張って抱きつく。
「本当にダメなんだから、絶対やめてよ」
「うん、ごめん。もう二度としないよ」
二人は見つめあってどちらからともなく唇を寄せた。
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