「っうおおおおおっ」
王様から渡された剣をレヴァイン卿が抜いて大きく振りかぶった。
(いけないっ)
だけど、助けるべきなのか。話を全て聞き、レヴァイン卿の内にある悲しみを知った僕には判断が出来なかった。
そして、それはここにいる皆の気持ちでもあったのだろう。
誰も動けなかった。
王様の顔は見えないけど、微動だにしない。
「ふうっ」
レヴァイン卿が大きく息を吐く。
『カラン…』
レヴァイン卿の手から剣が滑り落ちて床に落ちた。
「くっ…なぜっ、なぜだっ、陛下っ、あの時っ、あなたにジェームズの求めが届いていればっ、私達はっ…こんなことにはっ…」
レヴァイン卿の目から涙がとめどなく流れる。
「ジェームズ…リサ…皆…私は…………うっくっぅぅぅ」
「…レヴァイン…すまぬ…」
跪き、両手を床についたレヴァイン卿の肩に王様が手を置こうとしたその時、突然レヴァイン卿の様子が変わった。
「うぐぁぁぁぁぁっっ」
レヴァイン卿が大きな叫び声をあげる。
「レッ、レヴァインっ、どうしたのだっ?」
「うっがあああっ」
自分の片方の腕を掴んだ。
(レヴァイン卿…?何をしてるんだ?)
ガタガタ震える自分の腕を必死で押さえているように見える。
「やっ、やめろっ」
その手がついに押さえる手を振り切って掲げられた。
「うおおっ、やめろぉっ、陛下っ、離れっ…」
レヴァイン卿は最後まで言葉を続けることができないようだった。
「なんじゃっ、レヴァインっ、どこか悪いのかっ?」
王様もさすがに戸惑ったように立ち上がってレヴァイン卿に近づこうとしたけど、その腕を掴む者がいた。
「旦那様っ、いけませんっ、こちらへっ」
「何をするっ、テレサっ」
いつの間にかテレサさんが王様のそばにいて、無理やり王様を引きずって離れる。
それと同時にレヴァイン卿の掌を中心に周囲から黒い粒子が集まってくる。
そして、手の中に凝縮した粒子が黒い石を生成した。
(あの石…なんとなく…嫌な感じがする…)
「いかんっ、葵っ、レヴァインをっ」
(テレサさんっ)
突如、声が響いて僕の体が反応する。
僕は村正の鯉口を切って前に出た。
「腕を狙えっ」
「はっ」
レヴァイン卿まではわずか数メートル。
抜刀する。
だけど、ほぼ同時にレヴァイン卿の体を黒いオーラのようなものが覆う。
『キッィィィンッ』
(何っ)
村正が弾かれた。
「グオォォォ」
レヴァイン卿の雄叫びが謁見の間に響き渡る。
「何だっ、奴は何をするつもりなのだっ」
シーレ卿の言葉が終わる前に黒い霧が晴れた。
「なっ…」
その場にいた全員が絶句した。
黒い鎧に黒い籠手、顔は兜に覆われて見えない騎士がそこには立っていた。
◇◇◇◇
「ねえ、ジョシュっ、今声がしなかった?」
サラが今度はドアのほうに向かう。
「…え?そう言えば聞こえたような気もするけど…」
暇を持て余して居眠りをしかけていたジョシュが目を覚ます。
「違うのかな…?」
(なんだかお父様の声が聞こえたような気がしたけど…気のせいかな?)
「ジョシュ、ちょっと外に出てみましょうよ」
「えっ?」
「このままじゃ、いつまで経っても帰れないわよ。ちょっと外に出るくらいなら大丈夫でしょ?」
うーん、と伸びをしたジョシュは、それもそうかと思って立ち上がった。
「そうだね」
◇◇◇◇
「おいっ、どういうことだっ。合議の間が空っぽだぞっ」
レヴァイン派の貴族の一人が息せき切って仲間のもとに走ってきた。
「なんだとっ?」
合議の間にレヴァイン派の貴族達が集まった。
「これは…まずいっ、レヴァイン殿にお知らせしなければっ。レヴァイン殿はどこだっ?」
真っ青な顔でそれぞれが顔を見合わせる。
「たしか昼過ぎは軍務卿の執務室に籠られて法務卿、財務卿の書類を読んでおられたが…そう言えば見ないな…」
「まさかっ…裏切られたのかっ?」
「そっ…そんなはずは…」
そうしている間にも合議の間はレヴァイン派の貴族たちが集まってくる。
『ガチャ』
扉の開く音が静まり返った部屋に響き渡った。
「パーマー卿っ、貴様っ」
敵意のこもった視線の中をパーマーは落ち着いた様子で議長席に座った。
「皆さん、お気の毒ですが形勢は逆転しました。これよりここにいる皆さんは監禁させていただきます。また、ここにおられない方はこれから順次捕らえていきますので」
パーマーはそれだけ言うと騎士たちにその場を任せて部屋を出た。
(王子…面倒事は全て私ですか?全く…)
◇◇◇◇
「ねえ、これってどういう事?」
「そんなこと言われても…?」
サラとジョシュが王宮から出ようと門まで来てみると、多くの兵が王宮の周りを囲んでいたのだ。その数は二人が見ている間にもさらに増える。
「何なんだろうね?…っていうかこれってちょっとヤバイんじゃ…」
周りを見渡すとまるで自分達が囲まれているような気がして、ジョシュは心細くなる。
その時、一頭の馬が軍隊の輪の中に走り込んできた。
よほど急いで来たのか、馬が嘶くのを必死に抑えながら馬上の騎士が叫ぶ。
「報告しますっ、大規模な魔物が王都に向かっています。その数2000っ」
周囲の兵士がどよめく。
(大規模な魔物?こりゃ大変だ)
「なんだか大変なことになってるよね?」
「うん…どうしよう?」
場違いな二人はやっぱり部屋に戻ろうかと振り返った。その時、門の内側から一人の貴族が現れた。
「パーマー卿っ、今の報告は…」
パーマー卿と呼ばれた貴族はまだ若そうに見えるにも関わらず他の年配の貴族達が集まってくる。
「やむを得ません、この軍で止めましょう」
(黒い髪に黒い瞳かぁ、アリスを思い出しちゃうな)
てきぱきとした指示に兵達が引いて、パーマーと少しの兵だけが残った。
「あのぉ…」
サラが話し掛ける。
「おや?その制服はアヴニールの…」
何か思い当たるところがあったのか話が通じそうな感じがしてサラとジョシュの顔が輝く。
「そっ、そうなんです。あの…父に会いに来たんですけど…」
「今はちょっと難しいな。後日改め…」
そう言いかけたところでその目が大きく開かれる。
「危ないっ」
サラとジョシュが振り返る暇もなく、パーマーの手が伸びて二人を押した。
「うわっ」
さきほどまで自分達がいた地面に大きな爪の跡ができる。
「なっ、何だっ?」
振り返ったジョシュが見たのは体長が2メートル以上、角と尾を持った青い皮膚の悪魔の姿だった。
「ひぃっ」
二人が尻餅をついた姿勢で後ずさる。
「パーマー様っ、ご無事ですかっ?」
数人の兵が慌てて走り寄ってきた。
「グレーターデーモンっ、まさかっ、パーマー様っ、お下がりくださいっ。ここは我々がっ」
そう言うとサラとジョシュの目と鼻の先で戦闘が開始された。サラが胸の前で祈るように手を握る。
「手薄になったところで別動隊…それもグレーターデーモンか…、これは不味いな」
パーマーは周囲を見渡して独りごちた。
(グレーターデーモンは一体であっても騎士一人では勝負にならない…今残っている者で対処できるか…?)
実際兵が4人で戦っているが、戦況は思わしくなさそうだ。さらに、街に目をやると悲鳴や怒号が響いている。
(どうやらこの一匹ってわけじゃなさそうだし…)
パーマーの背中を嫌な汗が流れた。
「うわっ」
その時、一人の兵が転んだ。
もちろん、立ち上がるのを待ってくれる魔物はいない。非情にもグレーターデーモンの爪が倒れた兵に振り下ろされる。
「きゃあっ」
目を瞑って叫ぶサラの肩をジョシュがギュッと抱いた。
「うわあああっ」
サラの耳に兵の叫び声と、『ズバアァッ』と肉の切れる音が響く。
『ズシャ』
しばらくしてサラが覚悟を決めて目を開いた時、サラの目に映ったのは、想像していた兵士の死体ではなく、上半身のないグレーターデーモンだった。
「ぁ…」
「はあ…はあ、…た…助かった…」
尻餅をついていた兵が血塗れで立ち上がる。
「貴族さんよ、手が必要なら依頼してくれるかい?」
『ドスンッ』
グレーターデーモンの下半身を蹴り倒して一人の男がパーマーに近づいてきた。
フルプレートを着込んで異常に大きいハルバードを担いだ壮年の男をマジマジと見てパーマーの頭の中に光が差した。
「あなたはっ?…そうか、助かりました。ご助力をお願いいたします」
「よっしゃ、そしたらギルド総出で狩りを始めるぜっ。ヨアヒムっ、伝令だっ」
「おうっ、了解したぜっ」
フルプレートの男と猟師風の男を見送って、小さく安堵の息を吐いたパーマー卿の目に抱き合ったままのサラとジョシュの姿が映る。
「私は指揮のためにここに残りますが、君たちは王宮に戻りなさい」
「え?」
ジョシュはパーマーを見上げる。
「君たちも先程の戦いを見たでしょう?この街のどこにあれが現れるかは分からない。それならばまだ王宮の方が安全だ…」
『ドゴォォ』
パーマーが二人に話しかけている最中、パーマーのすぐ横を激しい衝撃が通り過ぎた。
「うわぁぁ」
数人の兵士が吹っ飛ぶ。
(なっ…?)
振り返ると、王宮の正門が吹っ飛んでいた。
(今度は何ですか…王宮から…まさか王子の身に…?)
「予定を変更します。私も王宮に戻ります。あなたたちも一緒に来なさい」
コメントを残す