村正抜刀

「大変だっ、ハンター達がっ」

ハンターが全員殺されたのはすぐに町に知れ渡った。

なぜすぐに分かったのか、それは彼らの死体がご丁寧に森の入口に捨てられていたからだった。全員両手両足が引きちぎられ、顔は恐怖に歪んでいたらしい。

ハンター達が殺されたことは、僕にはそれほどの衝撃はなかった。だが、その夜。

「町長がっ、町長がやられたっ」

その日の夜、町長さんの家が襲われた。
僕もそれを聞いて町長さんの家に飛んでいったけど、町長さんの家は半壊、壊れた家からなんとか引っ張り出された町長さんはその時既に虫の息で、もって明日までらしい。

(町長さん…)

父さんがいなくなってからもまるで家族のように気にかけてくれて、心配してくれて、叱ってくれて、いつも優しくしてくれた町長さんの顔が頭に浮かんだ。

(…僕が自分のことばかり考えていたせいで…力不足だったせいで…)

町中が大騒ぎになっている中、僕は地下室の鍵を開けた。

今の刀は数打ちのもので5体も切れば切れ味が鈍る。もっと切れ味が良い刀を使わなければいけない。

そもそも今の僕の腕ではあの銀狼相手に刺し違えることさえできないだろう。

だけど、たとえ銀狼でも一太刀入れることができればしばらくは動けないはずだ。そうすればギルドなり、王国軍が来るまでの時間稼ぎくらいはできる。

階段を下りて刀の前で意識を集中する。

(お願いだから何か言って…)

しかし、無情にも刀たちからは何も聞こえない。

(やっぱり無理なのか…)

どれほど地下にいたか分からない。
ついに諦めようとした時に遠くから何かが聞こえた気がした。

ハッと顔を上げて耳を澄ませる。壁際から聞こえた気がした。

(この中の…どれ?)

一本ずつ見ていくがどうもそれらしいのがない。

(どこ?)

ふいに目を上げた時に壁に亀裂が入っているのに気がついた。よく見ると壁の色が微妙に違っているような気がする。

(まさか…)

僕は慌ててハンマーを取りに走った。

◇◇◇

『ゴッゴッゴッゴッ』

壁をハンマーで叩くとボロボロと崩れる。どうやら空洞になっていて壁の奥に小さな空間があるようだった。

さらに叩いて出来た穴から覗き込むと、これまでとは違ってはっきりした声が聞こえた。

(「やっと妾の声が聞こえる人間が現れたか…はよぉ抜いておくれ」)

父さんの『正宗』の姿から刀は男だと思い込んでいたけど、聞こえてくる声は女の声だった。だけど、今はそんなこと気にしている場合じゃない。

(聞こえるぞっ!よおしっ!)

声に導かれて壁を壊すと、蝋燭の薄明かりに一本の太刀が照らし出された。

「あ、あのっ!」

(「おお、そなたが妾(わらわ)の主殿か?嬉しいのぉ、ほれ、もそっと、もそっと近こう寄れ!」)

ドキドキしながら話しかけると頭に色っぽい声が響いた。しかし、やっぱり気になる。何がか、と言うと刀の周囲に幾重にも巻かれた注連縄だ。

「えっと…」

刀の言う通りに近づきかけて僕はとどまった。

(なんだか封印されているように見えるけど、気のせいかな?)

(「もそっと近こう寄ってじゃな、ほれ、手に取ってみ?ほれ、ほれぇ」)

悩む僕の頭に刀からお誘いの声が流れ込んでくる。

(うーん、他の刀はこんな厳重に隠されてなかったし…抜いていいのかな?)

(「妾をほんの少し抜くだけじゃ!痛うせんから!のお!近こう!近こう寄るんじゃ!!」)

だんだんと声が大きくなって、妙に必死な感じが伝わってくる。どうやら僕がなかなか動かないのを見て刀が焦り始めたみたいだった。

(「何をしておる!!はよぉこの封印を解くのじゃ!!!」)

ジトーっと僕は見る。

「あのぉ、今、封印って言いました?」

(「ぎくっ!!!!」)

「封印されるってことは、あなたはなにか良くない物ってことですよね?」

(しもたわぁ…なんて鋭い質問なんじゃあ…妾としたことが一生の不覚じゃあ)

焦りすぎて全部聞こえてるよ。でも刀はそんなことにも気づいてないようだった。

(「ん、ゴホンゴホン…妾はじゃな、えーっと…そうじゃっ!あまりに強すぎて封印されとったんじゃ!もし妾を抜けばお主も強ぉーくなるぞえ!」)

僕はちょっと考える。ここでこの刀を抜かなかったとして、銀狼を倒すことはきっと出来ない。町長さんが動けない今この町は崖っぷちと言ってもおかしくない状況なのだ。

(「ほれ!強ぉなりたいんじゃろ?妾は強いぞえ、妾を抜きさえすれば世界の半分くらいはお主のものじゃ!いやいや、半分どころではない、もう全部お主にやろう!!」)

刀の方は僕が考え込んでいるのを見て、脈ありと感じたのか必死になってる。なんか変なこと言ってるし。

「抜いたら世界が終わるとか、町が消し飛ぶとかないですよね?」

(「もちろんじゃあ!」)

「僕が死んじゃうとか?」

(「刀と侍は一心同体。お主が死んだら元も子もないからのー」)

「僕に呪いがかかるとか?」

(「そっ、そそそ、そんな事あるわけないじゃろっ!大丈夫じゃ!主に危害を及ぼすようなことなど何も起こらん!!」)

(あからさまに動揺してる?…うーん…怪しい…怪しいけど、背に腹は変えられないし…)

「分かった、僕は力が欲しい、力が必要なんだ」

そう言うと刀の周りの封印を取り外す。

そして刀の鞘を持ち、地下室の入口に戻った。

(「さっ、さっ、はよぉ抜いておくれ」)

「本当に抜けば力が手に入るんだよね?」

(「大丈夫じゃと言うとろうに。妾はそなたの運命の刀なんじゃからのっ!はよぉ、ほれ、抜いておくれ!先っちょだけ、先っちょだけでエエんじゃ!!」)

その声に唆されて僕はゆっくりと刀を抜いた。

美しい刀身が空気に触れた瞬間

「なっ、なにこれっ!」

体が焼けるように熱い。

(「フハハハハ!!抜きおったな!!久々の娑婆じゃあ!!これで妾も自由じゃあ!!」)

(騙されたっ!?)

骨が軋む。高熱が出ている時のように関節が痛い。

「ぐっ、うわぁぁぁっ!!」

のたうち回ること数分、いや、数時間経ったのかもしれない。

ようやく体の痛みが治まった。

(「ほほう、想像以上になったの。これは歴代一位じゃのお」)

刀の声が脳に聞こえる。

「うう…何が…起きたんだ…?」

(「気がついたようじゃな。主殿、妾の名前は『村正』妖刀村正じゃ!」)

「何が『ヨートームラマサじゃ!』だよっ、一心同体とか言って、さんざん苦しかったよっ!」

思わず返事をしてから、なんだか自分の声がおかしいような気がして「あー、あー」と言ってみるとやっぱりなんかおかしい。

(「じゃが、これで主殿は強ぉなられたはずじゃ。耳を澄ましてみよ」)

(耳?)

立ち上がりながら耳をすましてみた。すると、まるですぐ隣で話しているようにジェイクとおじさんの声が聞こえてきた。

「ジェイク、御門さんの家に行くのか?葵君の具合をちゃんと見てこいよ」

「分かってるよ、オヤジ」

思わず周りを見わたすが、もちろん二人ともいるはずもない。

(なんだこれ?)

(「主殿の五感はこれまでよりも格段に上がっているはずじゃ」)

「確かに…」

僕は体を眺める…

(えっ?)

なにかいつもと景色が違う。

床が見えない。

(胸板が厚くなった?)

(「ほほほっ、面白いことを考える主殿じゃな。胸板が大きくなるわけないではないか。それは乳房じゃ。ち・ぶ・さ!」)

(はいぃっ!?)

僕は思わず二つの山を掴む。

『むにゅ』

「んあっ」

(なんだこれ…キモチいい)

(「主殿は妾の力を最大限利用できる体に作り変えられたのじゃ!」)

(ええっ、ああっまさかっ)

股間を触るとアレが無くなっていた。

「ちょっちょっと何してくれてるのっ!?村正ってばっ!!」

焦る僕に飄々とした調子で村正が言う。

「そんな大きな声を出さずとも、一心同体の妾と主殿は思念で会話くらいできるぞえ。ところで主殿、さっきの会話から考えると、そろそろお隣さんが来るのではないかの?」

「ああっ!そうだった!」

地下室から駆け上がると外は既に明るくなっていた。どうやら僕は地下室で一晩寝てしまったようだ。

(そっ、そんなことより鏡!鏡見ないと!)

大慌てで鏡の前に立つ。概ね昨日までの僕と変わらないような気がするけど。ただ、いかんせんシャツを押し上げる大きな膨らみは隠しきれそうもない。

(うわぁ、どうしよ?隠しきれないよぉ!)

部屋中を探し回った結果、結局シーツをベッドから引っこ抜いて体に被ったところでドアがノックされた。

「葵っ、いるか?」

「はいっ!」

声が高い。しまった。

「あれ?いるんなら鍵開けてくれよ」

ドアの向こうで訝しがる声がする。
慌てて開けるとジェイクが立っていた。

「…葵?どうしたんだ?シーツなんてかぶって」

「えっと…ゴホンゴホン、調子が悪くて」

そう言うとジェイクが僕の顔を眺めて、おでこに手を当てた。

「ひゃんっ!」

ジェイクが驚いて手を離す。

「おいっ、変な声出すなよ、全く…」

もう一度ジェイクが僕のおでこに手を当てる。

(「なんだか葵の顔が火照っていて色っぽいな…いやっ、いかんいかん、俺は何を考えてるんだっ」)

頭の中にジェイクの声が聞こえた。

「あー、ちょっと熱っぽいか。いや、町長さんがやられたって聞いてお前がまた無茶しないか見に来ただけだからさ。お前は変に責任感じないでしっかり休んでろよ」

そう言うとジェイクは帰っていった。

(ふー、何とかなったー)

僕はその場で座り込む。

『トントン』

「ひゃいっ!!」

ドアが開く。

「そうそう、珍しいフルーツが手に入ったからおすそ分けだった。ん?どうしたんだ?」

ジェイクがそう言いながらドアを開ける。

「えっ?あっ、ありがとっ!」

そう言ってジェイクからフルーツを貰い今度こそジェイクが隣の家に帰ったのを耳をすませて確認する。
それからひとまずベッドにシーツを戻しに行ってそのままベッドに腰掛けた。

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