謎だらけのミッション

王都アトラス。
王城ガイアの城下町で、ガイアがアトランティス王国建国時からの古城であるがゆえに、政務はこの街の中心にある王宮で行われている。そのためこの街が国の中枢と言っても良いだろう。

人口は50万に達し、王国内でも最も巨大な街であり、経済の中心でもあり、文化や流行の発信地でもある。

ところで、王のお膝元とは言え、光あるところには影も生まれる。

他の街同様、この街にも花街と呼ばれる一角があった。
そこは危険と隣り合わせのハンターや傭兵、その日暮らしのならず者達が夜毎通い、眠らない街。

そんな花街でも最高級の娼館との呼び声が高いのが『エデン』だ。
その最上階のロイヤルスイート。そこは王宮を凌ぐほどの贅を尽くした空間が広がっている。

その夜、キングスサイズのベッドに座った男の前に女が跪いていた。

女の方はエデンのナンバーワンの称号を持つローラ。この国で最高の娼婦の一人である。
年齢は25歳と花街の中では平均より少し上だが、涼しげな目許が印象的な美人だ。もちろん見目の良い女性はたくさんいるが、包容力と恥じらい、それに少しのからかいが混じったような謎めいた笑みに王候貴族の中にも馴染みは多い。
さらに芸術家の客からは女神と形容される抜群のスタイルも忘れてはならない。染み一つない雪のような肌に女性らしい凹凸のはっきりした体による熟練のテクニックは男を骨抜きにする。

さて、それに対して男は身なりのよい金髪の青年だ。まだ年若い男ではあるが、佇まいだけでもただ者ではないことは明らかだ。
身長は高く、顔が恐ろしいほど整っている。体も鍛えられているがハンターやならず者達とは生まれもった気品が違っていた。

「んっ♥️チュッ♥️♥️」

ローラはダークブラウンの腰まで伸びた長い髪を一度耳にかけると、青年の肉棒を口に咥えた。

「ああ…うまいな…」

ローラの口技を受けてこんな程度の反応しかしないのはこの青年だけだ。

「ンッ♥️グッ♥️」

ジュルジュルと涎をすすり、口の中の肉棒に舌を絡めつつ、男を見上げることも忘れない。さらに長くほっそりとした指で青年の乳首をこね回し、空いた方の手で棹の下の袋を優しく刺激する。
それら一連の動きを自然と行うことができるのは流石というしかない。

だが、それでも青年の表情に変化はなかった。これまで既に何度も経験しているとはいえローラにとってはやはりプライドが傷つく。

「ローラ、流石だな。だが、次は一緒にすることとしよう」

青年はそう言ってベッドに上がった。
高級な娼館では客と娼婦は対等だ。いや、ある意味ではそれ以上と言っても良いかもしれない。娼婦の方が客を選ぶことだって出来ない話ではないのだ。
だが、敗けてばかりではいられないローラは悔しそうな顔をしてそれに従った。

「そういう表情も可愛いものだ」

「ふふ、そう?ありがとう」

そしてローラにとってプライドを賭けた2戦目が始まる。

「あっ♥️んっ♥️んっ♥️んっ♥️」

青年が仰向けになり、その上にローラが重なる。いわゆるシックスナインの体勢でお互いの敏感なところを愛撫し始めた。
だが、青年の指はまるで最初から分かっているかのようにローラの弱点を突いてくる。
それも、何度も肌を交えた今ではわざと焦らしてくるのだ。

「あうっんんっ♥️ダメっ♥️そこっ♥️」

あと一歩というところでするりとずらす。遊ばれているのだ、と分かってはいてもローラに逃げ場はない。

「ローラ、止まってるぞ」

涼しげな声に下唇をキュッと噛んで目の前の肉棒を睨む。それは初めて青年を迎えた時から比べると少し黒さが増したような気がする。そして、その色の分だけ自分は青年に抱かれてきたのだと思うと太腿の付け根の奥がキュンと疼いた。

「んっはぁぁっ♥️♥️カール様ぁ♥️」

長い愛撫の間に何度か小さな絶頂を味わわされてローラの方が先に音をあげた。謎めいた笑顔はもはや消え去って、そこにあるのは絶頂を求めておねだりする雌の表情だけ。

「ああ、こっちにおいで」

青年が優しくローラをベッドに横たえると覆い被さる。

「あっ♥️入って♥️あっ、ああっっっ♥️♥️」

青年と手を繋がれて引き寄せられローラは今日初めての高い絶頂に体を震わせたのだった。

◇◇

その数時間後、ベッドにだらしなく横たわるローラ。本来なら男の世話をしないといけないのだが、この青年が相手の時は必ずこうなってしまう。

「久しぶりだったが、今日も良かったぞ」

既に服を着こんでいた青年がベッドに腰かけてローラの髪を1房掬い上げて唇をつける。
髪に神経など通っていないはずなのにローラの肩がピクッと動いた。

「ではそろそろ帰るとするか…君は寝ていていいからな」

青年が別れを口にしかけたときにローラが口を開いた。

「そう…言えば…南の方では…戦争が始まるのでしょうか?」

今にも意識を失いそうになりながらとぎれとぎれに発する中身は、まるで状況にそぐわないように思われる。

「ん?無理しなくていいぞ」

「いえ……その…商人の方の間で…食糧や鉄の値が…少しずつ…高くなっていると…聞きましたので」

ローラの言葉に青年は少し考えるように目を閉じた。

「なるほど。ない話では無さそうだね。だが、すぐには何も起こらないと思う。ありがとう、ゆっくりおやすみ」

そう言って出ようとした青年だったが、ふと立ち止まった。

「あれ?なんだか外が騒がしいな。やはり私も少し寝てから帰るとしようか…」

◆◆◆

人々が深い眠りについた静かな闇の中で王宮の城壁の脇にある勝手口が小さな音をたてて開いた。

(おいおい、マジかよ…)

中から出てきたのはまだあどけなさの残る少女。

まるで酒にでも酔っ払ったかのような、おぼつかない足取りで歩く少女の横顔を大通りに設置された街灯が薄く照らす。

その少女の足が止まった。

(……っ!!)

少女の前に一人の男が立っていた。
いつからそこにいたのか。最初からいたと言われればそんな気もする。だが、それまで誰一人として気づかなかったのだ。

(ビンゴッ!こいつは当たりだぜ!)

男は黒いコートに白いフリルのついた長袖のシャツを着ている。
男でも見惚れるほどの美貌だがその目は冷たく、嘲るような表情を浮かべていた。

そして、そんな男の胸に吸い込まれるように少女が飛び込む。

「ん…はぁ…」

舌を絡め合う二人。真っ赤に顔を染めてうっとりとした表情の少女と対照的に全く表情の変わらない男。

「あぁ……様…もうがまんできません…ください…」

舌を吸われて赤く火照った少女の首筋に男が唇を寄せたその時、二人の足元に松明が投げ込まれた。

松明の明かりでその姿がはっきりと見える。

「そこまでだっ!!」

いつのまにか男と少女の周りを8人の男女が取り囲んでいた。

「これ以上は王都で好き勝手させんぞ!」

そう言うのは騎士鎧を着て美しい槍を持った壮年の男性。

「やれやれ、やっと姿を見せたか。……それにしたってマジに王宮にまで入り込んでいるとはな。オヤジも歳とったもんだな」

ため息を一つついたのは赤い短髪の男、レオンだった。

「じゃかましいわっ、クソ坊主がっ!」

巨大なハルバードを握った銀髪を短く刈り上げた壮年の男が怒鳴る。

二人を囲むのは全てAクラスハンター。様々な支部から集められた精鋭たちだった。

「おい、なんとか言ったらどうなんだ?」

「ククク」

レオンの言葉に対して、男は笑って、少女をハンター達の方に押しだした。

(むっ、どういうつもりだ…?)

皆の目が少女に注がれた一拍後、少女の影から漆黒の刃が飛び出した。

「ぁ……うっぁ…」

「てめぇ…!」

薄い胸を貫かれて少女が倒れると同時に一番近くにいた騎士鎧とレオンが突っ込む。男は一見すると呑気にAランクハンター達の動きを眺めていた。

『ズゴッ』『ドゴッ』

槍が男の胸を貫き、レオンの拳が男の頭を吹っ飛ばす。そして勢いそのままに男は道の端まで転がっていった。

(おかしい…)

確かにレオンの拳は男の頭部を潰した。それは誰でもない、自分が一番よくわかっている。だが、それでもレオンは男から目を離さなかった。

(こんなにあっさりやれるはずがない)

それは他のハンターも同様だった。全員がAランク以上の猛者達だ。完全に対象の息の根を止めるまでは気を抜くことはない。

相手は紛いなりにもこの国の中心である王都の、その中枢にまで入り込む実力の持ち主だ。この程度で終わるはずがない。

果たして、その考えは正しかった。

男の胸と頭に黒いもやがかかると数秒後には無傷の男が目の前に姿を表した。

(これがヴァンパイアの固有能力か…厄介だな)

「物理は駄目か。ではこれならどうかな?」

今度は後ろにいた魔術師が指を動かす。
すると起き上がろうとしていた男の足元から轟音とともに激しい火柱が立ち上った。

圧倒的な火力。火柱が消えた時、男の姿は消えていた。

「燃え尽きたか?」

誰かがそう言い、魔術師が頷く。

「おそらく」

(いや…そんな楽な相手ではないだろう)

レオンや数人のハンターは気を緩めずに周囲を警戒する。

「うっくっ!」

『『ドサッ』』

前方ではなく後方で人の倒れる音が響く。後衛が何人か殺られた。

「円陣を組めっ!」

ハルバードを持った男の指示で気を抜きかけていたメンバーも再び戦闘態勢を取る。

「ククク、お前ら人間風情にはオレを殺すことはできない。せいぜい歯ぎしりして同胞が殺されていくのを見ているがいい」

男の姿は見えない。だが、声だけが闇の中から響いた。そして数人の犠牲者だけを残して男の気配は消えた。

翌日、王宮内で新たに三人の犠牲者が出た。そしてそのうちの一人は王女の近習の娘だった。

◆◆◆

僕らがロゴスに来て半年が経った。
季節は移り変わって冬が本格的に始まろうとしている。そろそろ雪がちらつくだろうと街の人たちも口にし始めていた。

その日は朝から特に冷えこみの厳しい日で、昨日まで数日がかりの狩りに出ていたこともあって、日課の鍛練を終えた僕とラルフはこの日休養をとることにした。

外の寒さとは対照的に部屋の中は暖炉のおかげでくつろぐことができる。
そんなゆったりとした昼下がりのことだ。

(「主殿、最近はちとぬるいのぉ」)

(「え?」)

(「いやの、最近は死闘というほどの闘いをしておらんゆえ、生ぬるいと言うておるのじゃ」)

(「うーん、そういえばそうかなぁ」)

確かにロゴスに来てからだと最初のオーガが一番ヒリヒリするような戦いだった。

(「あれくらいの敵と闘わないと成長がないのかなぁ」)

(「うむ、強敵と闘えば妾の力も出せるし、その後も…ゲフンゲフン」)

(その後も?)

これまでの強敵との闘いを思い出すとその後何が起こったのかも必然的に思い出す。

(「…はっ!村正は僕に発情させてどうするつもり!?」)

(「いやいや、ちょいと最近枯れてきとると思ぉただけで…良いではないか、減るものでなし、の?」)

(「の?じゃないよ!全く…僕はそういうのやりたいわけじゃないんだよ!」)

(「主殿はケチんぼじゃのぉ」)

(「いや、ケチとかそういうことじゃなくて…」)

村正と頓珍漢な会話をしていると、玄関のベルが鳴らされた。

「はいはい」

(誰だろう?)

そう思いながらドアを開けた僕の前に立っていたのは白い息を吐くケイトさんだった。

「お休みのところすみません。ですが、緊急事態ですのでお願いに参りました」

「はあ…?」

とりあえず、居間に入ってもらって暖炉で温まってもらいながら、僕はホットミルクを作った。

「どうしたんだ?」

ラルフがケイトさんに声をかける。ケイトさんは顔色が悪く、ホットミルクに口もつけていない。

「実は…」

この街の十数キロ南東に古いダンジョンがある。だが、それはとっくの昔に全階層が踏破され、最下層のダンジョンコアが破壊されたことで、今は弱い魔物が少し発生する程度のものだ。

ケイトさんの話によると、初心者にとっては実戦経験を積むのにちょうど良いレベルなんだそうだ。
だから、そのダンジョン内での薬草採取の依頼を、ウィリアムさんとアンナさんのクランから若いハンター6人に合同でパーティを組ませて送りこんだ。

これは駆け出しのハンターに経験を積ませるための措置で危険はない、はずだった。
だが、早朝にロゴスを出た彼らは夜になっても帰ってこなかった。
そして、翌日の午後になっても帰って来なかった事から、何かアクシデントが起こったと判断したアンナさんとウィリアムさんがクラン内でも腕利きのCランク4人を選んで最初の6人を連れ戻すよう送り込んだ。

ところが、この4人も含め全員が丸一日経っても帰ってこない。
そこで、この事態を重くみたアーバインさんがギルド証を目印に探索魔術で居場所を確認したところ、全員がいまだにダンジョンにいることが分かったのである。

その事を知らされたウィリアムさん、アンナさんの二人がダンジョンに向かったのは一昨日のこと。

「まさか…」

嫌な予感がする。

「そうなんです。2人が発ってから既に2日目。あの2人が帰ってこないなんてありえないんです…」

ケイトさんが泣きそうな顔をしている。

(「ねえ、村正はどう思う?」)

(「ふむ…情報が少なすぎて何とも言えんが、あの女騎士を倒すものがおるとしたら…。これは主殿、気をつけたほうが良さそうじゃな」)

「支部長は?」

ラルフが尋ねる。

「今、支部長は王都で噂のヴァンパイアの退治に召集されていて戻っては来れません」

「ヴァンパイア!?…って本当にいたんだ?」

ヴァンパイアっていうのは魔物と言うよりは悪魔族に近い。エルフやドワーフなんかと同じでアンデッド系の魔物ではなく特殊なヒトと同じような種族だと言われている。
言われている、というのは、遥か昔には王国を築くまでに至ったとされているが、現在は噂すら聞かないほど数を減らしてしまったからだ。
だが、ヴァンパイアについては今もたくさんのお伽噺のような言い伝えが残されている。

それらの言い伝えによると、彼らは様々な能力と特性を持っている。
曰く、彼らは不老不死で女性の血を吸って傀儡としてしまう。
曰く、闇の獣を使役し、あらゆる攻撃を無効化する。
曰く、弱点は太陽の光と流れる水で、太陽の光を浴びると灰になるし流れる水を渡ることが出来ない。などなど。

ところが、そんな伝説の魔物が王都に現れたと最近噂が流れ始めた。箝口令がしかれており、一部の人間以外は噂以上には知らされていない。だが、実際に二桁以上の犠牲者が出ているらしい。

さて、ロゴスに話を戻そう。
こちらの駆け出しパーティ失踪事件の方はアンナさん、ウィリアムさんまで失踪したことにより、アーバインさんが支部長代理の権限で救出部隊を派遣する事にした。

ところが、間の悪いことにBランク以上のハンターは例のヴァンパイアの件が難航していたため、応援要請に従って昨日王都に派遣した直後だった。
そのため、残っていたのはたまたま数日がかりで狩りに出ていた僕らを含む数名のみ。

数少ない動ける高ランクのハンター。だけど、アンナさんの戦闘力とウィリアムさんの魔術、さらに二人の経験などを考えても、もし彼らに対処できない何かがあったとしたら、誰が助けに行くことができる?

そこでBランクの中でも、こと戦闘においてならAランク以上とアーバインさんが評価してくれた僕らに白羽の矢が立った、というわけだ。

(でも、変だな)

「えっと、行くのはいいんですけど、そんな初心者用のダンジョンで問題が起こるとしたら、それってどういう可能性が考えられるんですか?」

「ええ、そうですね。人体に有毒なガスが突然吹き出したとか、ダンジョンが崩落したとか…それ以外だと、突然ダンジョンに高ランクの魔物が住みついた、とかでしょうか。少なくとも私がギルドで働きはじめてからはどれも実際にはありませんでしたが…」

(なるほど…ん?崩落?)

「あの、僕らは二人でもいいんですけど、こういうときってもっと人手がいるんじゃないですか?ほら、崩落してたりしたら岩をどけたりしないといけないだろうし…」

「はい。王都に行かなかったBランクのハンターが帰って来次第向かってもらいますので、葵さんとラルフさんにはまずは状況の確認をお願いしたいと思っています」

(ふーん…よしっ)

「最優先は人命救助って事でいいんですよね?それならその依頼を受けます」

「はい、お願いします。ただ………もし、救助が無理だと判断されたら絶対に無理せずに帰ってきてください」

ケイトさんはその言葉を辛そうに口にする。

考えたくはないことだけど、救助が無理、それは言い換えれば全員が既に死んでいるということだ。

「わかりました。すぐに行きます」

(アンナさん、ウィリアムさん…無事でいてよ)

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