ハンターとの遭遇

僕らはケイトさんを見送ると、すぐに準備を始めた。と言っても、ダンジョンはこの街からそれほど離れてもいないし、僕もラルフも武器や防具をほとんど身につけていないようなものだからすぐに終わる。

僕は、最近マギーさんから買った(買わされた?)ワインレッドのフレアミニに黒のニーソックス。
この季節だと寒いだろうから、とやんわり断る方向で話をしてみたんだけど、マーガレットさん曰く「魔物の素材で作ったベロア生地でとても温かいから心配いらない」らしい。
ニーソックスもこの冬イチオシの防寒性能抜群の新作らしい。
上は白い長袖のカットソーの上にダボダボの茶色のセーターを着た。これもダボダボなのが流行だとか。
その上からダッフルコートを着て、髪はくくらずニットキャップを被る。

鏡を見てウーム、と唸る。

(戦いに行く格好には見えない…)

これではデートに行く女の子の服装ではないだろうか…。レオンさんから反則だろう、と言われたことがあるけど、うん、確かにこの格好なら油断させて騙し討ちとかできそうだ。

「ごめん、お待たせ」

ラルフはいつもと変わらない。シャツの上にジャケットを羽織り、トレンチコートにハンチングを被って玄関で待っていてくれた。

僕はリュックを背負って、ラルフもカバンを持って家を出る。

(うわっ!寒いなぁ)

アンナさんやウィリアムさんのことは心配だけど、彼らがあっさりとやられるとは思えない。ダンジョン内でなんとか凌いでいるはずだ。
だとすると、僕がやるべきことは万全の状態で向かうことだと思う。

(近いといってもお腹は空くよなぁ)

「ラルフ、先に銀狼亭に寄ってから行こうよ」

そう言って銀狼亭に入ると、まだ仕込みの途中だったのにおばちゃんが出てきてくれた。

「あら?これからデートかい?」

「いえ、仕事です!」

やっぱり誤解されてしまった。

「なら、あんた達もヴァンパイア退治かい?なんか王都じゃ、ヴァンパイアが現れたってえらい騒ぎみたいだよ」

そう言って新聞を渡された。

お弁当を作ってもらっている間に渡された新聞を読んでみる。
箝口令が出されているせいか死者の情報とか詳しいことは載っていないけど、図入りで説明があったり魔物博士の説明があったりと確かに騒ぎにはなってるみたい。

「ラルフはヴァンパイアに会ったことあるの?」

「いや、名前くらいは聞いたことがあるが、実際に見たことはないな」

(「村正は知ってる?」)

(「妾は知っておる。かなり厄介な魔物、いや、魔族といったほうがいいかもしれんの」)

(「魔族って?」)

(「魔物は動物やオークのような知能の低い奴らで、魔族はその上位くらいだと考えておいてくだされ」)

(「ふーん、じゃあ、ラルフは魔物?」)

(「いやいや、銀狼は魔物以上、魔族と同等の魔獣じゃな」)

(「ふーん。それじゃあ、ヴァンパイアって強いんだね?」)

(「そうじゃな、奴らは特殊技能をたくさん持っておる上にほとんどが魔力を持っておるからの」)

村正と話している間におばちゃんが包みを持って戻ってきた。

「あいよ、出来たよ、よくわかんないけど頑張っておいでっ!」

「ありがとう、おばちゃんっ!」

僕らは銀狼亭を出ると、その足で携帯食料を買い込んで東門を出た。
それから人の目につかないところまで移動するとすぐにラルフに狼の姿になってもらう。

「さあ行こう!」

人目につくような道は避けて、道なき道を最短ルートで進む。そして、あっという間にダンジョンの近くまでやってきた。
物陰に隠れてラルフが人型に戻るのを待って街道に合流した。

そこからは徒歩だけど、街道から小道に逸れても、曲がりくねっているだけで一本道だ。途中、魔物と言えるような魔物にも遭遇しなかった。

(これは確かに初心者にうってつけのダンジョンだなぁ)

そう思いながら歩いていると、炭鉱のような入口と、その横には丸太で作られたロッジがある。

「えっと、ここは休憩所だって」

一応内部の地図を見るためにケイトさんの持ってきてくれた資料をめくってみると、ギルドによってかなり手を加えられているらしい。

「ふん、ピクニックのようなもんだな」

ラルフがつまらなそうに呟いた。

「5階層まであって、中は壁に含まれた魔石の影響で明るいんだって。1階層なんて道しるべまであるって書いてあるよ」

ラルフの言葉がぴったりで思わず笑ってしまった。まさにピクニックだ。
だけど、だからこそなぜみんなが戻ってこないのか、ますます分からなくなる。

「アンナさんやウィリアムさんに何かが起こったんだから気をつけないとね」

(「主殿、気をつけよ」)

突然村正が話し始めた。

(「えっ、村正、何か分かったの?」)

(「まだ確証がないので言えぬが…」)

それだけ言うと村正は黙り込む。こちらから声をかけてもどうにもはっきりとしない。

「よし、とにかく行こう」

僕らは一旦持ってきた荷物をロッジの中に運び込んで、それから早速探索を開始することにした。

炭鉱のような入り口から中を覗き込んでみると、ピクニックの栞に書いてある通り、ダンジョン内は壁や床、天井がぼんやりと光っている。少し薄暗いものの恐怖を感じるほどではない。

「ねぇ、ラルフは何か感じる?」

僕が聞くとラルフは首を振った。

「いや…、この階層には何も感じないな」

(魔物もいないということは、ハンター達が倒したということかな?)

実際、歩き始めるとたまに魔物の死骸が打ち捨てられていた。既に他の魔物に食われたみたいで白骨化しているものもある。

「これって行方不明のパーティが倒したのかな?」

「ああ、おそらく最初のパーティだろうな」

(本当に何があったんだろう?)

そして、3階層まできたところで、ラルフが僕を止めた。

「むっ!気配がある…。まだ距離はあるが間違いない」

「人?魔物?」

「人間だな。匂いは…知らない人間だ」

「じゃあ、アンナさんやウィリアムさんじゃなくて、最初か2番目に行ったパーティの人かな?あれ?だとしたらおかしいなぁ…なんで二人だけ?怪我でもしたのかな…うーん…ちょっと急ごう」

ここで悩んでいてもらちが明かない。そう思って足を速めた。

「やっぱり人間?」

途中、ラルフに確認する。

「ああ…」

ラルフは頷いた。

「だが、血の匂いはしないな」

(怪我をしていない…?何が起こっているんだろう?)

そのまましばらく薄暗い洞窟を歩いているとラルフが再び僕を止めた。

「アンナとウィリアムの匂いがする。この階層ではないが…」

「え?それはおかしいよ。だって、もうすぐ人とぶつかるんでしょ?」

考えても仕方ないけどやっぱり考えてしまう。血の匂いがしない、ということは二人は怪我をしていないことになる。
ここから強力な魔物が住み着いた、というのは除外できそうだ。

だとすると有毒なガスかダンジョンの崩落ということになるのだが、それにしても無傷で二人だけが出口に向かう状況は想像できない。

「このまま行くとその突き当たりを曲がったところで鉢合わせるぞ」

ラルフの言葉に僕は考えていたのをやめた。

「了解」

曲がる手前で足を止めて二人を待ち受ける。

(「主殿、妾を出していつでも抜けるようにしておくのじゃ」)

(えっ?あっ、うん。分かったよ)

村正の声はなぜか固い。

『コツ、コツ、コツ』

足音が近づいてきた。

魔石の淡い光によって伸びた影がぼんやりと壁に映る。

そうして、まず、一人の青年が姿を現した。
光が弱くて表情まではハッキリ見えないけど、怪我はしていないようだ。鉄の胸当てをつけて剣を握り締めている。ハンターの標準的な装備に見える。

「えっと…あなたは…っと、うわっ!」

声をかけようとした僕の前にいきなり剣先が突き出された。

(なっ!?)

後ろに飛び退いた僕は慌てて村正を抜く。

「ちょっ!ちょっと待って!僕はギルドのハンターだよっ!」

こんな格好してるから魔物と間違えられたのかと思ったけど、相手からはなんの変化も感じられない。

(おかしいな…耳が聞こえていないのか?)

青年が今度は大きく剣が振りかぶった。さっきはいきなりで驚いたけど、落ち着いていればどうということもない。

『ギンッ』

青年が振り下ろしてきた剣を村正で受け止めて観察してみると、まず気がついたのはその目。どこか虚ろで焦点が定まっていないように見える。

「ラルフっ、なんか変だ!」

「分かっている、葵っ!殴っていいか?」

ラルフももう一人の剣士の攻撃を躱しながら返事をした。ラルフも相手が人間なので迷っているみたいだった。

「ちょっと待って!読んでみるから!」

(心を読めば分かるはず)

僕は村正の力を使って青年の心を読もうとして、だけど、何も読み取れなかった。

(あれ…?そんなことって…)

「ラルフっ、心がないよ!これって人間じゃないってこと!?」

混乱しかけた僕と違ってラルフは冷静だった。

「葵っ、一度退却するぞっ!」

「えっ!あっ、うんっ!」

逃げ出そうと振り返った瞬間、目を疑った。

目の前には何もなかった。それまで歩いてきた道も壁も天井も無く、ただ真っ暗な闇が広がっていたのだ。

「うわぁっ!なんだこれっ?」

呆然としている暇はない。後ろからは先ほどの二人が剣を構えてゆっくりと近づいて来る。

「これは突破するしかないようだな」

ラルフが一人を蹴り飛ばしたのを見て、僕も同じように足を引っ掛けて転ばした。
そのまま階段に向かって走る。

「ちょっ!あれ絶対変だよっ!どうなってるの?しかも真っ暗!真っ暗だったよ!ラルフっ!あれってトラップなのかな?どうしよう?」

「葵、ちょっと落ち着け」

「でもでも目が完全にイってたよ!薬?毒?変なキノコでも食べちゃった?」

(「いや…これはおそらく…主殿」)

振り返ると後ろから追いかけてくる二人の姿が見える。村正が何か言いかけていたけど、僕は階段をかけ降りたのだった。

階段を下りた最初の部屋は少し広めの空間だった。壁や天井の魔石の数が少ないのだろうか、これまでよりもさらに薄暗い。

(誰かいる!?)

僕が何も言わずともラルフが携帯用のランプを部屋の奥に投げ込んだ。
これは小さな円筒形の魔術具で、魔石の力で光を放つ。そのランプの明かりがよく知ったている顔を照らし出した。

「あっ、アンナさん!」

アンナさんのもとに走り出そうとする僕の肩を掴んでラルフが止める。

「待て、葵」

「なんで?」

「よく見ろっ」

ラルフに言われてよく見るとアンナさんの動きがなんとなく変だ。妙に緩慢で、僕の声が聞こえたはずなのに俯いたままだ。

これではまるで…。

(あの2人みたいだ…)

「アンナ…さん?」

もしかしたらもとに戻るかもしれない、そんなわずかな望みにすがって声をかけると、アンナさんがゆっくりと顔を上げた。

「アンナさん!!」

だけど、その瞳に僕らは映っていない。アンナさんは愛用の槍を僕らに向けた。

(だめか!)

後ろをチラッと確認すると、追いかけてきた二人もまるで僕らが逃げられないようにするためなのか階段への通路に立つ。

さらにアンナさんの後ろから人が現れた。その数は9人。ウィリアムさんの姿も見える。

(これって…いなくなった人全員…?)

全員が全員、虚ろで生気のない目をしていた。

「ラ…ラルフ?」

震える声でラルフを呼ぶ。

「葵、落ち着けと言っている。こういう目つきなら昔、見た覚えが有る」

ラルフが何かを思い出すように顎に手を当てる。

「ラルフ、どういうこと?」

(「主殿」)

村正がようやく話しかけてきた。

(「ちょっと!村正、遅いよっ!」)

(「なっ!何を言うんじゃ!さっき妾の言うことを聞かなかったのは誰じゃ?」)

(「それは…って、そんなことより、これって何?どうなってるの?」)

僕の問いに村正とラルフが同時に口を開いた。

(「こやつらは何者かに操られておる」)「こいつらは誰かに操られている」

「ええっ?誰に?じゃなくてっ、どうすればいいの?」

僕はラルフを見上げる。

「操っている奴を殺せばいい」

(「さよう、さよう。こういう場合は術者を殺せばよいと相場が決まっておるからのぉ」)

僕らが話している間にも、彼らは僕らを囲むように壁沿いを移動し始めた。

(操られているだけなら、まだ助けられるってことだよね?)

「ねえ、ラルフ…操ってる奴はこの階層にいる?」

「いや…生き物の気配は無いな。5階層だろう…だが、それにしても…」

ラルフが再び考え込む。

(え?どうしよう?アンナさんやウィリアムさんを殺さずに突破して、5階層まで行けるか)

逡巡している間にも操られたハンター達はジリジリと詰め寄ってくる。徐々に僕らを包囲する輪が小さくなってきた。

(もう悩んでる暇はないっ、どうしよおっ)

その時、アンナさんがゆらりと動いた気がした。

「葵っ!!!」

◇◇◇

王都のギルド本部にある会議室は朝から緊張に包まれていた。この件に関わる面々が集まっていた。
理由は言わずもがな、ヴァンパイアの一件だ。

「…以上の17人が昨夜の犠牲者だと思われます。被害地域は王都全域で被害者も男性女性を問いません」

朝からギルド職員が集めてきた被害状況を事務方トップのレイリーが説明していく。

壁には王都の地図が貼られており、そこにはあらゆる場所に×印がつけられ、日付けが書かれていた。

「なるほど、それで?」

奥に座っていた老齢の男、ギルド長のロレンツィオが話の続きを促す。

「王都全域で被害が起こる理由として考えられるのは、まずは騒ぎを大きくするためというのが考えられるのではないでしょうか。これは、最初に王宮のメイドを狙ったことからも可能性が高いと考えています」

なるほど、確かに一般人の血を吸っていればこれほどの騒ぎにはならなかったはず。ヴァンパイアの知能は人と変わらない、いや、それ以上だ。それならばわざと騒ぎを大きくしたかった、という考えは当てはまるのかもしれない。

「次に、狙いは一人ですが、それを隠すためにわざとやっている、という可能性もあります」

「木を隠すなら…か」

これも考えられなくはない。地図の上は森と言っても違和感がないほどに×印まみれだ。

「…ただ残念ながらどこが狙われるのか、ヴァンパイアがどこに潜んでいるのかは全く掴めておりません」

だが、結局これといった打開策のないままにレイリーは眼鏡を中指で上げつつ説明を終えた。

誰かのため息とともに重苦しい沈黙がその場を覆いつくす。

(こいつはまずいな…手のつけようがねえ)

元Sランクハンターにしてこの国のハンターギルドのトップが頭を抱える。

だが、沈黙は思わぬ者によって破られた。
ノックの音とともに現れたのは騎士鎧の男だった。

「久しぶりだね、ロレ」

ロレンツィオのことを気安く愛称で呼ぶのはかつてのパーティメンバーで現在王国の騎士団長を務めるラウルだった。

「ラウルか!…テメェ、何しに来やがった!?」

気安い仲なのはロレンツィオも同じだ。憎まれ口を叩いた。

「君が困っているんじゃないかと思ってね」

「ああ!?ふざけてんのか?」

部屋にいた他のメンバーは息を詰めて成り行きを見守っている。

「まず、一つめは王宮内は心配しなくてよい。私が全権を委任されたからね」

「おうおう、相変わらずの自信じゃねえか!」

しっしっと帰れと手を振るロレンツィオにラウルは苦笑いしながら続けた。

「まあまあ、もう1つあるんだ。きっと聞かなかったら君も後悔するよ。ヴァンパイアの目的なんだがね、それはおそらくはあぶり出しだと思う」

「あぶり出し、だと?」

それを聞いてロレンツィオの目が真剣になる。

「そうだ。この王都には昔から一人のヴァンパイアがいた。古の不死の王、ノーライフキングの血族だ。そしておそらく狙いはそれだ」

「なんか知ってんな?」

「ハンターに詮索は御法度…じゃなかったかい?」

騎士団長はニヤッと笑った。

「チッ!…まぁいい。だがそうなると、そのあぶり出しが成功したのかどうかだが…」

「おそらくだが、失敗に終わっている」

だからなんでこいつは知ってんだ、そういう目でロレンツィオはラウルを見るが、ラウルは涼しげな表情を変えない。

「だとしたら次に奴がどう動くか、だが…」

「そうだな、ここで見つけられなかったわけだから、次の目的は『情報』だろうね」

(なるほどな…目的の奴が見つからないならその情報を探すか。相手もヴァンパイアなら魔物の情報か…)

「…!!」

不意にロレンツォィオの肌が泡立つ。と、同時に腰のダガーを投げていた。

ダンッと大きな音が響く。

「!!!」

その場にいたもの達はあまりのことに動けない。ロレンツィオの投げたダガーはレイリーの胸を貫いていていた。

「ぎっ、ギルド長!」「何を!?」

乱心か、そう思っても仕方のない蛮行。だが、レイリーは歯軋りしてロレンツィオを睨んだ。

「何をするのですか?私があの方にいただいた体でなければ死んでいましたよ」

その場にいたロレンツィオとラウルを除いたメンバーもやっと頭が追いついてくる。

「取り押さえろ!」

ロレンツィオが号令をかける。

「チッ!」

逃げようとするレイリーだが、ダガーは壁にまで刺さっており抜くのは難しい。

「殺すなよ!これから色々調べねえといけねえからなあ!」

悪人面のロレンツィオをレイリーが睨んだ。

「くっ、あの方と違って愚鈍で、粗野で、救いようのない人たちだ…」

その間に魔術が発動する。

「ふっ、だが、もうあの方の目的は達した」

レイリーの両手両足が光の枷で拘束された。