その日、寝ていた僕はラルフに起こされて目を覚ました。
「んにゃあ…まだ夜だよぉ…?どうした…のさぁ…」
「ギルドから緊急の出頭命令がきた」
僕が服を着替えて玄関ホールに出ると、既に二人は僕を待っていてくれた。
ラルフはギルド職員が門の前に来た気配で目覚めたらしい。ちなみにジルも気がついていたけど、実験の真っ最中だったので無視したらしい。
気づかなかったのが僕だけだったと知ってちょっとへこんだ。
「よし、行こっか」
ギルドの会議室には、Aランク、Bランクハンターが集まっていた。
「アヴニールが現在魔物に襲われている」
レオンさんの一言目で僕ら以外のメンバーが息を呑む。
(アヴニール?)
「ねぇ、ラルフ知ってる?」
「知らんな」
「ジルは?」
「ふむ、学校…ではなかったかな?」
こそこそ喋っていると、レオンさんがため息をついた。
「はあ、まったく締まらねえなぁ。お前ら、ちっとはこの国のことを知っとけよ。いいか、アヴニールっていうのは貴族の子供や頭のいい平民が学ぶ王立の学校だ。ああ、この間の姫さんも通っているはずだぞ」
「えっ、エルザ姫も…?」
僕はそう言われてようやく事態の重さに思い至った。年明けに久しぶりに会った元気な姿を思い出す。
(大丈夫…だよね?)
「まあいい。とりあえず、これまでの経緯を説明するぞ」
レオンさんはこれまでの状況を説明し始めた。
話の要点をまとめると、アヴニールは現在魔物に囲まれて籠城している。強力な魔術具で守られているため1週間ほどならおそらくは持ちこたえられる。
少しホッとした。
だけど、続いてラウル将軍戦死の言葉が出た瞬間、場が凍りついた。
「まさか…」「ラウル将軍が…」
口々に驚きの声。
(ラウル将軍って…この間ギルドに来ていた?)
ちらっとジルの顔を伺うが、表情を変えず話を聞いていた。
「若いメンバーは知らんかもしれんが、ラウル将軍は元S級ハンターだ。俺やウィリアムくらいの歳の奴は多かれ少なかれ世話になったことがある。気さくな人で、非番の日は王子を連れて街に出ることもよくあったし、つい先月も顔を出してくれたのは知っている奴も多いだろう。アンナやアーバインなんかは世話になったことがあるよな」
(なるほど。S級ってことはラウル将軍もかなり強いってことになるよね。その人がやられたってことは…)
「いいか、俺達の任務はボスの討伐だ。雑魚は無視する。だが、そのボスの力を考えると命がけになる」
『ゴクリ』誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。
一拍おいてレオンさんの口から討伐参加メンバーが発表された。
「うちの支部からは俺とマリー、ジェシカ、それに葵のパーティが向かうこととする」
えっ?という空気が広がった。
(あれ?僕たち?)
「葵のパーティメンバーはこれまで皆の予想をはるかに超えた活躍を見せてきた。今やこの支部の最高戦力と言える。俺はそれに賭けたいと思う」
僕の内心の疑問を読んだようにレオンさんが宣言した。
「私も行かせてくださいっ!」
手を上げたのは目を赤く染めたアンナさんだった。
「ダメだ。お前は感情的になっている」
「しかしっ!ラウルさんの敵討ちをアオイ達だけに任せるなんて!」
(「妾には小娘の気持ちが痛いほど分かるぞえ!」)
なぜだか珍しく村正も熱くなっている。
「いいか、もし、俺が死んだらお前とアーバインでこの支部を頼む。二人はまだ若い。ウィリアムは二人を支えてやってくれ。皆も、もし俺たちがやられて魔物がこの街に来るようなことがあれば街の人を守ってくれ」
「あのお」
ジェシカが手を挙げる。
「ウチらが行く理由ってあるんですか?」
「お前らは王都のギルドの魔術師たちと一緒に俺たちの援護をしてもらう」
(ということは、僕らが実質戦闘部隊かな?)
そして、真剣な目でレオンさんがこちらを見つめた。
「そういうわけで葵たちは俺と一緒に闘ってもらうことになる。アトラスのハンターとの合同作戦になるから、相手のボスと戦うかは未定だが…。お前らはラウル将軍のことも知らんだろうし、ここに来て日も浅い。死ぬかもしれんから、この依頼は断ってもいいぞ」
(そうは言うけど…)
僕はチラッとジルの方を見てから返事をした。
「大丈夫です」
レオンさんはそれ以上何も言わず全員の顔を見渡し、頷いた。
「では明日の早朝に出発する」
こうして僕らは王都の動乱に巻き込まれることとなった。
◆◆◆◆◆
「忌々しいっ!あの青二才めっ!」
ウォルトン大公は久しぶりに屋敷に帰るなり毒づく。彼を苛立たせているのはレヴァイン伯爵だった。
王都での政治において五大公は持ち回りで宰相の役職に就く。宰相は最も権力を持つため、五大公の地位は他の貴族を遥かに超える。
ところが、今回の事件において、大公たる己よりもレヴァイン伯爵が目立った働きを見せたのだ。それがウォルトン大公の誇りを傷つけた。
(今回のハンターギルドの件が、もし失敗に終わろうものなら、目にものみせてくれるっ!)
己の孫が学院にいることを一時とは言え忘れるほどウォルトン大公の怒りは激しいものだった。
「あの…旦那様…」
メイドの一人がウォルトン卿に恐る恐る声をかけた。
「何だっ?」
「あの…旦那様がお留守の間に贈り物が届いたのですが…」
◆◆◆◆◆
「いいか、今回は時間との勝負でもある。事件が起こったのが既に三日前、さらに、現場に着くまで二日はかかる。アヴニールはもって一週間だ。つまり二日しか時間がない。向こうについたらアトラス組のギルドマスターに従ってくれ」
「分かりました」
今回は時間がないということで、普通の馬ではなく八本の脚を持つスレイプニルに引かれた馬車での移動だ。この街の代官が出してくれたらしい。これを使うことで通常四日かかる道を二日に短縮できるのだ。
春先とは言え、まだまだ寒いので僕はショートパンツにマギーさんの自信作の太ももまであるニーソックス、長袖のTシャツとその上にセーター、ニットキャップとブーツといういつもの格好。ラルフもシャツにジャケット、ズボンだけがカーゴパンツ。ジルは完全に普段と同じスーツだ。
六人乗りの馬車だけど、さすがは代官仕様で、広々としているし、馬車の中は暖かいので春用のコートを脱いでそれぞれ自由にしている。
最近ラルフは人間の体に関する本を読んでいる。ちらっと見ると人の体の絵に点が書き込まれていたり、たくさんの線が体に書かれている。
「ねぇ、これって何?」
暇だったから聞いてみたら、体の経絡が図示されているとラルフが教えてくれるんだけど、ちょっと難しくて分からない。
「ほう。ラルフ君は勉強家だな。闘気術に加えて点穴の勉強までしているのか」
横からジルが話に加わる。
「点穴?」
また知らない言葉だ。
「うむ。私は使えないが、体内には気を通す経路があるのだ。そして、その出口である点穴を闘気で塞ぐことで人の体に様々な効果を生み出すことができるという」
さらにレオンさんが加わった。
「おっ、闘気の話か?闘気を纏ってりゃあヤワな剣なんざ通さないぜ」
珍しくラルフが顔を上げて二人の話を聞き出したので、男三人が話に花を咲かせ始めた。
特に、レオンさんはラルフと同じような戦い方をする分か、闘気について説明に熱が入っていた。
手持ち無沙汰になった僕は村正に話しかけた。
(「ねぇ、僕は強くなってるのかな?」)
(「もちろんじゃ。2年も経たずしてこれほどの力を手に入れた者はこれまでおらん」)
(「だといいんだけど」)
(「妾を顕現できるまでは、まだもう少しかかるが、既にいいところまで来ておるのだぞ」)
(「本当に?」)
(「そうじゃ。まだ妾の力の本質をちょっと齧った程度じゃが…」)
(「今度の戦いで成長できるかな?」)
(「なんじゃ、主殿はそんな理由で参加したのかえ」)
(「エルザがアヴニールにいるっていうのも理由だけど…前に僕は戦いの中で成長するって村正が言ったでしょ?」)
(「むぅ。そういえばそうじゃったな。しかし、主殿、気をつけてくだされよ。命あってのことじゃからな」)
(「うん。相当の強敵みたいだからね」)
(「心して戦うのじゃぞ。妾は主殿を気に入っておるのでな」)
(「ありがとう、頑張るよ」)
会話を終えて頭を上げると前に座っていたマリーさんと目があった。
「あっ、あのぉ…」
「えっ、僕?」
マリーさんが話しかけてきた。馬車に乗ってすぐに僕から話しかけたんだけど、二人のつっけんどんな態度に嫌われていると思って落ち込んでいたからちょっと驚いた。
「はい…あのぉ…お話していいですか?」
マリーさんはどうやらジルと僕との関係が気になっていたらしい。
ジェシカさんも本を読むふりしながら耳をそばだてている。だって、マリーさんと僕が話している間、ぜんぜんページがめくられないんだもん。
僕らが恋人同士ではないことを説明していると、ようやく二人の僕を見る目が変わってきた。
「ウチらが誤解してたわ。でもさ、そんな露出度の高い服ばっかり着てたら、ジル様やラルフ様に色目使ってるって思われても仕方ないわよ」
ジェシカさんも話しかけてくれた。
「でも、長いスカートとかだと戦いにくいから」
「ならズボンにすればいいじゃない」
「うん。でも、僕が服を買ってるお店の人がズボンは買わせてくれないんだ」
そう言うとジェシカさんとマリーさんは少し不思議そうな顔をしたあと、思い当たることがあったのか、顔を見合わせた。
「それってひょっとしてマギーさんのお店?」
マリーさんが恐る恐る聞いてきた。
「うん」
ジェシカさんが「ああー!」と天を仰ぐ。
「あなたも捕まってしまったのね。確かにマギーさんの店はセンスもいいし値段もお手頃でいいんだけど、気に入った子にはあの人の好みの服ばかり買わせるのよ!ウチらも最初そうだったからっ!」
その後もマリーさんとジェシカさんのパーティについて、さらに美味しいお菓子の店の話で盛り上がる。
女の子ふたりは緊張からか口数が多く、おかげで普段より沢山話をすることができたし、お互いに名前で呼び合えるようになった。
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