14周目 9月23日(木) 午前8時20分 高樹美紗

14周目 9月23日(木) 午前8時20分 高樹美紗

「やっぱり朝練は良いな。柔道が出来なくても体がシャキッとするよ」

朝練で汗をかいたアタシ達はホームルームが始まるギリギリに教室に入った。

周りの生徒もいつの間にか島津が柔道部のマネージャーになったことを知っているようでアタシ達が二人でいても特に騒ぎ立てるようなこともない。

(何も考えずに二人で行動してしまったけど…ああ、亜紀か)

亜紀が美紗に向かってピースをしているのを見て理解した。知らない間に亜紀がうまく噂を流してくれていたようだ。

休み時間に男友達から妬みの混じった温かい冷やかしを受ける程度でつつがなく授業を終え、気がつけば部活の時間になっていた。

「たっ、あの…島津、君」

アタシの席に島津がやってくる。柔道部に行くのに誘いに来たのだろう。

「ああ、行こう」

周りの生徒達の生暖かい視線を受けながら二人で教室をあとにした。

◇◆◇

14周目 9月23日(木) 午後6時20分 高樹美紗

「島津先輩、理沙先輩、高樹先輩、お疲れ様ですっ」

一年生達に軽く手を振る。部長は顧問の先生と大会の打ち合わせがあるらしく、今日は三人で帰ることになった。

「ねえねえ、美紗は中学の柔道経験者なの?」

「えっと…中学では、やってないんだけど、道場に友達がいて…」

理沙の言葉に島津が言葉を選びながら答えていく。この返答は事前にアタシと島津で相談していたので問題はないはずだ。

「次は高樹の降りる駅だな」

そして気がつけば島津の最寄駅となっていた。

「ええっ?もう?」

理沙は話し足りないのか残念そうな顔をした。

「そうだっ、私も同じ駅で降りることにするね」

「えっ?」

思わず声を出したアタシを無視して理沙は島津の手をとった。

「私も次の駅で降りても帰れるのよっ。途中まで一緒に帰ろっ?」

それから理沙の家の場所を聞いてみると確かにちょっと大回りにはなるけど理沙の言う通りだった。

島津がどうしたら良い?と目で訴えてくるので少し考えたあと頷いた。

「女の子二人だと危ないから俺も送る」

これまで「大丈夫だろう」は大丈夫じゃなかったし、「なんとかなる」はろくでもないことにしかならなかった。

だから理沙にどう思われてもここは家まで送り届けるべきなのだ。

こうして島津を送り届けて、理沙もついでに送ったアタシは普段よりも一時間くらい遅く家に帰った。

◇◆◇

14周目 9月24日(金) 午前8時20分 高樹美紗

今日も二人で教室に入る。早くも見慣れた光景となったのか、あまり注目を浴びることもなくなった。

島津は眠そうな顔をしているけど、朝練と普段の部活の生活にアタシの体がついていけていないのかもしれない。

とは言え、今日を含めてあと三日だ。

気がつけば島津を守ることにばかり意識が向いてしまっている。婆ちゃんの話からすると間違ってはないのだけど。

(島津は気づいてくれているのかしら)

島津に守られているという意識がなければアタシの行動にも気づいてくれていないかもしれない。

(こんな風に考えちゃダメなのよね。難しいものね)

外堀は埋まりつつも、特に大きな変化も問題もないままアタシの14周目は週末を迎えることとなった。

◆◇◆◇

14周目 9月25日(土) 午前9時00分 高樹美紗

今日は個人戦の大会が行われる。会場は県の武道館、広い体育館のような建物で、観覧席などもある立派な建物だった。学園に集合したアタシ達はスクールバスで送ってもらって時間前に到着した。

「あー、皆、朝練と部活で今日のために頑張ってきたと思うが、成績よりも悔いの残らないように頑張りなさい」

開会式が終わると、学校別に集まる。そして、誰こいつ?と思うほどこれまでに部活に顔を出したこともない顧問が挨拶をしていた。

その次に主将が話し始める。

「みんな、先生のおっしゃる通り、これまで頑張ってきた成果を出せるよう力を尽くそう」

それから主将は順に一人ずつの良いところを挙げていく。

(部員一人ずつをきちんと見ているのね。島津が尊敬するだけのことはあるわね)

アタシはこれでまた一つ島津のことが分かった気がして嬉しくなった。

「それから、今日は個人戦、明日は団体戦だ。特に島津」

主将がアタシを見る。

「お前は団体に力を残そうと思うな。今日使いきるつもりでやれ」

どうやら島津が主将のために頑張ってきたことに気づいていたようだ。確かに島津なら自分の成績よりも団体戦で主将を勝たせたいと考えるだろう。

「はいっ」

「よし、それでは各自準備をしよう」

部員達がストレッチなどを入念に始める中、チラッと島津を見ると目に涙を浮かべていた。

そしてしばらくするとアナウンスがあって、それぞれの階級で試合が始まった。

アタシは順調に勝ち進んだ。

「一本っ、それまでっ」

決勝も一本勝ちで優勝だ。

礼をして畳から下りると既に敗退していた部員達がアタシの周りに集まってきた。

「さすがっ、島津先輩っ」「おめでとうっ」

決勝で負けてしまった主将もニコニコ笑っている。

(あれ?島津は?)

そう思ってキョロキョロと探していると走って島津がやってきた。前髪が汗で額にくっついていて顔も赤い。

「ごめんっ、上から見てたから」

武道館は広い体育館のような建物で、上に観覧席がある。どうやら島津はそこにいたらしい。

「おめでとう、島津はうちの部の誇りだよ」

主将が声をかけてくれてアタシも少しジンとした。

帰りもバスで学園に帰り、それから解散。

「高樹、大丈夫か?」

「うん、ちょっと、熱中症…かも…」

確かに島津は顔が赤いままだった。

「ほら、これでも飲めよ」

ペットボトルの水を渡すと島津はゆっくりと口に含んだ。

帰りは心配だから家まで送ってアタシは帰った。

◆◇◆

14周目 9月26日(日) 午後12時30分 高樹美紗

今日は団体戦だ。四回勝てば優勝になる。

アタシ達は開始から危なげなく二回戦までは勝ち進んだ。そして、午前の部が終わって昼休みには集まって昼食をとった。

「次は、ああ、やっぱり勝ち上がってきたか…」

三回戦の相手は強豪校だ。理沙の話からこれまでの戦績はこちらに分が悪い。

だけど、部員達の士気は高かった。

「主将のために全力で勝ちにいくぞっ」

「おうっ、主将に優勝をっ」

島津以外の部員もみんな主将を慕っている。だけど、その中に島津はいない。朝から辛そうにしていた島津は残念ながら第二試合が終わると医務室に行くことになってしまった。

アタシも昼休憩の終わりに顔を見に行った。だけど、医務室の扉をノックしようとしたその時、扉の内側から声が聞こえてきた。

「……でもね、あなた、安静にした方がいいのよ。もう帰りなさい」

「お願いしますっ、最後まで…ここで応援するだけでも…」

アタシはノックしようとしていた手を下ろした。

(島津のためにも勝たないと)

そして、周りの部員とは少し違う理由だけど、勝利に向けて決意を新たにした。

(優勝の報告を島津にするんだ)

結果としては、アタシ達は三回戦に辛くも勝利することはできたものの、決勝ではアタシと主将以外が負けて準優勝となった。

決勝で負けた直後は泣いていた部員達も笑顔で表彰式を終えて、アタシは医務室に向かった。

『コンコン』

「はい…?」

怪訝な声にアタシがドアを開けると帰り支度をした保険医がこっちを見ている。

「あれ?あの、高樹さんという生徒がいたと思うのですが…」

保険医は少し考えて、ああ、と頷いた。

「あの子なら先に帰らせたわよ。なんだかコーチ?が来られて送っていくって…」

アタシは自分の顔から血の気が引くのが分かった。

「そっ、それっ、何時ですかっ?」

「えっ、えっと、二時間くらい前ね、どうしたの?」

「いっ、いえっ、大丈夫ですっ」

◆◇◆

バスの中はお祭り騒ぎだったけど、アタシは心ここにあらずで頭の中は島津のことで一杯だった。

(なぜ?いつから?コーチって誰だ?)

この繰り返しの世界が始まって間もなくの頃ならともかく、これだけ周回を繰り返せば嫌でも分かる。

明らかに島津に何かがあった。アタシは焦る気持ちを無理矢理落ち着けて疑問を一つずつ検討していく。

まず、いつからだろう?今回は全て潰したつもりだった。

(ということは、新しい何かが起こった?でも、水曜、いや、水曜も木曜も金曜もアタシが家まで送ったし、島津は学園と家の往復しかしていない。隙間の時間に島津が狙われるにしても明らかに時間もないのに…)

考えられるのは、もともと島津と知りあいだった、そして、今回の周回で島津と会っていても自然な人物。

(まさか…)

準優勝にはしゃぐ部員たちの様子を窺う。

(いや、そんな暇はなかったはず…)

ふと、その時、理沙と目が合った。

ニコニコ笑っていた理沙が一瞬真顔になった。

アタシはその時、どんな顔をしていただろう。

理沙の唇の端が持ち上がる。歪んだ微笑み。そして、唇がゆっくりと動いた。

『ざまあみろ』

唇がそんな風に動いた気がしてアタシは思わず目をそらしてしまった。