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封印の代償

土御門家現当主、土御門政直はその日、信頼する僅かな供と息子(むすめ)の千手丸を連れて領地内の山奥に向かった。

山の麓に着くと山道の入り口で供を残し、千手丸と二人、山道を登る。

(ここだ)

前回来たのははるか昔だが、それでも政直に迷いない。唐突に山道から獣道へと入る。そして人の手の入っていない山の奥へと向かった。

「む…」

進んできた獣道が途絶えて、目の前が藪で行き止まりとなったところで立ち止まった。その目が僅かな違和感を捉えた。

「いかがなされたのです?父上」

千手丸の言葉に政直は無言で木々を払いのけた。

『バサッ』

一見、腐葉土の上に折れた木々が重なっているだけに見えるが、その下の柔らかい土には人の足跡が残っていた。

「あっ、こっ、これはっ…?父上っ?」

(どこで嗅ぎ付けよったか…)

足跡を消していることからも素人が偶然訪れたとは考えられない。

(芦屋か…)

芦屋家が間諜を送り込んでいるとの話は聞き及んでいる。しかし、ここまで来ているとはさすがの政直も予想外だった。

(しかし、さすがにこれ以上先は気づかなかったようだな)

政直は人の通った跡のない藪を掻き分け、さらに奥に向かう。後ろから千手丸がついてきているのを確認しつつ、一時間ほど進むと川のせせらぎが聞こえ始めた。

さらに半時間ほどで、ようやく沢が現れ、今度はその脇の道をそのまま上流へと進む。

「うわあ」

千手丸の声に、自分も父に初めて連れてこられた時、同じように目を丸くしたことを思い出した。

それまでの鬱蒼とした樹木が突然開け、苔むした巨大な岩が立ち並んでいる。そして、奥にある家屋ほどもある岩の上からは小さな滝がいくつも流れ落ち、いくつもの虹を作っていた。

(まずは無事に着くことが出来たか…)

注意深く周囲を確認し、異常のないことを確認した政直は千手丸を伴い、最も大きな岩、降りしきる滝の裏側へとくぐり抜けた。そこには地底に向けてぽっかりと穴が開いていた。

「ここが…」

千手丸の声にも緊張が見えた。

「心配は無用。儂がおる。さて、行くぞ」


◇◇◇


数時間後。

「くっ、おおおっ、はあああっ」

古い結界の綻びから出ようとする無数の黒い煙と政直は戦っていた。

(まさか…古い結界を外すタイミングを待っていたとはっ)

結界内が静かだったため穢れの狙いに気づかなかったのだ。

千手丸が奇襲を受け、それを庇った際に政直も背中に一撃を喰らってしまった。

政直が庇ったために直撃こそなかった千手丸だが、穢れにあてられ、後ろで気を失っている。

(以前見たときに比べ、明らかに強まっているな)

封印のために着替えた白装束は穢れに汚染された場所が黒く染まっていた。

(だが、まだ結界は残っているっ)

古い結界は弱まっているとは言え、まだほとんどが残っている。そのため黒い靄(もや)の姿をした穢れは隙間から出ようと暴れるだけ。

『ウアアアアア、オオオオオオオオ』

身の毛のよだつ声が結界の内側から響く。

「はああっ」

気合いを入れ直すと、手で印を切り、足を踏み鳴らす。

「グオオオオオオ、イマイマシイ、ニンゲンフゼイガァァッ」

政直の体から白い光が溢れる。結界から漏れ出た小さな煙は消えて無くなり、どす黒く渦を巻いた煙も結界内の奥に戻った。

「ゆくぞっ」

政直はその瞬間を見計らって新たな封印の結界を展開。

『ウアアアアアッッ、オボエテオケェェェッッッ』

断末魔の声が響いて、洞窟内が静かになる。

「よし、あとは…」

ふらつく体を叱咤して政直は封印を完璧にするために最後の力を振り絞った。

「ぬうううっ」

だが、政直は気づいていなかった。その背に小さな黒い靄がついていることに…。


◇◇◇


城に戻った私が体を浄め、新たな服に着替えていると城内が騒がしくなった。

「千手丸様っ、政直様がっ」

父上が倒れたというので私も慌てて父上の寝所に向かった。

「父上っ」

「…千手丸か」

家来たちは私と父上に一礼して部屋を出ていく。

「私が不甲斐ないばかりに…私を庇われた際の…」

「いや…うぐっ…」

父上が起き上がろうとするのを私は背中に手を入れ手伝った。

「ふう…。あの程度、たかが知れておる。だが、少々無理をしたようだ。しばらくは鋭気を養うことになるだろう。明日がお前の十六の誕生日だというのにすまぬな」

「いえっ、そのようなことは父上のお体に比べれば些細なことです。お気になさらず、お体をご自愛くださいっ」

「ゴホッ、儂の体が戻れば盛大に祝おうぞ」

「はっ、お待ちしております」

父上が再び横になり、静かな寝息を立て始めるのを確認して、私も城から家に戻った。


◆◆◆


『オオーン、オオーン』

犬の遠吠えが聞こえる。芦屋三郎は布団に転がり、その濁った瞳で天井を睨み付けていた。

頭の中に浮かぶのは先日の試合。そのせいで眠れずにいたのだ。

(あの試合、俺は勝っていた…くそっ)


◇◇◇


「はっ、やあっ」

道場の席次は月に一度行われる試合によって決定される。

まだ、席次を持たない幼い門下生(クソガキ)どもがカンカンと木刀をぶつけ合っているのを尻目に俺は欠伸をして道場をあとにした。後ろでガタガタいってるやつもいるがもちろん無視だ。

(十三でここに来て、今や俺も二十か…つまらん七年だったぜ)

「勝者っ、真太郎っ」

勝者は礼をするやいなや負けた方に駆け寄って肩を貸していた。

勝った者は負けたものを労い、共に成長する、これがこの道場の精神なんだそうだ。

(けっ、くだらねぇ)

自分は三男に生まれ、そのせいで実家の道具として訳のわからん道場に放り込まれ、自分で辞めることも出来ず、飼い殺しだ。

(力が無けりゃ利用されるだけだぜ)

それから席次を持つものの試合が始まったのだろう。歓声が大きくなった。その声を聞いてた三郎が唾をはいて立ち上がる。

(ふんっ、どうせあの腰巾着が勝ったんだろうよ)

三郎には嫌いな男が三人いる。安倍犬千代、土御門千手丸、武三だ。

下賤なくせに偉そうな犬千代とそれに加えて実力もない武三も嫌いだが、一番は千手丸だ。

女みたいな顔をした千手丸は入門した日に負けて以来、常に三郎にとって目の上のたん瘤だった。

自分よりはるかに小さい奴に試合で負けてから、復讐をしようとした三郎だったが、相手はこの地を治める大名の子、裏で手を回そうとしても、そう上手くはいかなかった。

そこで三郎は、連れてきた家来を領地に返すと、千手丸に勝つ、その一心でそれまでの練習嫌いが嘘のように鍛練をした。体格に勝る自分が鍛練さえすれば負けるはずがない、そう思っていたのだが、結局一度も勝ててはいない。

さらに三郎の気持ちを苛立たせているのは奴の容姿だ。

四年経ち、少しは男臭くなるかと思いきや、今まさに花が開いたような美少年ぶりを見せている。奴を見ていると自分の吊り上がった細い目や、低い鼻、分厚い唇、ニキビまみれの脂ぎった肌、何もかもが嫌になり、それは次第に憎悪の感情へと成長していた。

(けっ、くだらねえ。仲良しごっこは別のところでやれっ)

そうこうしている内に自分の番が回ってきたようだ。

「次っ、第二席、千手丸、第三席、三郎っ」

俺は道場に入ると、壁に掛けられた中から自分の木刀を掴んだ。

「千手丸?どうした?」

「あっ、はっ、はいっ」

なんだか知らんが、千手丸は慌てたように立ち上がった。

(調子でも悪いのか?そう言えば、最近の奴は調子が悪いようだな…)

「始めっ」

礼を千手丸がするのを見下ろし、お互いに構える。三郎はかつての上段からの振り下ろしから、突きを主体とする戦い方に変えていた。

この戦い方は相手からすれば三郎の手足が長い分、リーチが伸びて簡単には近づけない。さらに力が一点に集中する分、完璧に決まれば、骨の二三本簡単に折ることができる。

肩の高さまで柄を上げて刀の先を千手丸の胸に向ける。

(ちっ、相変わらず気分がわりぃぜ)

千手丸は柔剣使い。こっちの動きを観察するような目が俺を苛立たせる。

(やるか…)

どうせ千手丸からは仕掛けてこない。俺は見切られる前に無造作に踏み込んだ。

(これはっ)

千手丸の動きが一テンポ遅い。

(はっ、馬鹿がっ…殺った)

奴の胸に木刀が吸い込まれる。悲願がまさかこんなあっさりと叶うとは。

ところが、胸元に迫っていたはずの木刀は奴の腋の下を掠めて止まった。

「なにいっ」

決まったと思って油断した。

「はっ」

そして、その一瞬の間に俺の首もとに木刀が突きつけられていた。

「ぐっ、くそっ」

「勝者っ、千手丸っ」

俺は礼もせず道場を後にしたのだった。


◇◇◇


『アオーン』

「うるせえなっ、くそ犬がっ」

そう叫んだ時、部屋の襖の隙間から一筋の煙が入り込んだ。

その煙はユラユラと揺れながら三郎に近づく。

「くそっ、あの時、油断さえしなけりゃっ」

勝ちを確信した必殺の突きを躱された瞬間を思い出して独り言を吐いた瞬間、その口に煙が入り込んだ。

「うっ、ぐっ、がっ、あおお…」

暗闇の中で三郎がのたうち回り、幾度か痙攣した。

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